2011年08月01日 (月) | Edit |
心が思考から自由になっているとき

真に独りになることができます

欲望に左右されているときや

心が過去や未来にむかっているときには

独りであることはできません

現在の無限の広がりのなかでのみ

独りきりになることができます


あらゆるコミュニケーションがやんだ内密の静けさ

不安や 愚かな欲望や 問題をかかえた観察者が

完全に消え去った内密の静けさ

そうした静かな独りきりのなかで

瞑想は

言葉におきかえることのできない何かになります

そのとき 瞑想は

永遠の相のもとの動きとなります


kuroba
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(19)

あなたは一度でも瞑想したことがあるでしょうか

あらゆるものから離れ

あらゆるひとから離れ

あらゆる思考や追求から離れて

自分だけで 独りきりになったことがあるでしょうか

孤立するのではなく

夢想や幻想にふけるのでもなく

ただ離れていき

自分自身のなかから

認識できるものが すっかりなくなり

思考や感情によってふれられるものがなくなるほど

完全に独りっきりになったことがあるでしょうか

すっかり離れていくと

まったくの独りきりになり

そのなかで 静寂そのものが

たとえようもない花となり

たとえようもない光となり

思考では測ることのできない 時のないものになります

murasaki


そのような瞑想のなかで

愛がはじめて姿をあらわします

あえて愛をあらわそうとするにはおよびません

愛はみずからあらわれてきます

愛を行使してはなりません

愛を行為であらわそうとしてはなりません

愛がはたらくとき

そのはたらきのなかには

どんな後悔もありません

どんな矛盾もありません

人間がなめるみじめさや苦しみは

なにひとつありません



だから独りで瞑想しなさい

そのなかに失われてしまいなさい

自分がとおりすぎていったものを

おぼえておこうとする必要はありません

それをおぼえておこうとすれば

瞑想は死んだものになってしまうでしょう

記憶にしがみついているなら

あなたは二度と 独りになることはないでしょう

だから

はてしない孤独のなかで瞑想するのです

その愛の美しさのなかで

その無垢のなかで

そのみずみずしさのなかで……

すると そこに

ほろびることのない至福がおとずれます



瞑想瞑想
(1998/06)
J.クリシュナムルティ

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次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
やまんばさん
今回の詩のなかでは次のところが
気にいっています。


だから独りで瞑想しなさい
そのなかに失われてしまいなさい
自分がとおりすぎていったものを
おぼえておこうとする必要はありません

それをおぼえておこうとすれば
瞑想は死んだものになってしまうでしょう
記憶にしがみついているなら
あなたは二度と 独りになることはないでしょう


特に

「自分がとおりすぎていったものを
おぼえておこうとする必要はありません」

のところがいいですね。

なんのことはない
最近は本を読んでも
おぼえておくことができません

クリシュナムルティは
「おぼえておこうとする必要はありません」
と言ってくれているので
とてもたすかります。

昔に比べたらホントに拘らなくなったのも
おぼえておく必要のないことばかりだった
んだなあとおもいます。




2011/08/05(Fri) 15:30 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます。
やまんばは、瞑想ではなく 迷走していました。

この文章の一つ一つを噛みしめるように読ませていただきました。

クローバーの緑のトーンが調和がとれて「美しい」と感じました。

鼻の下の呼吸の感覚を頼りに、無意識に至る道に入ろうとしました。
吸って 吐いて 吸って 吐いて・・・
手術の時、背中に麻酔を打たれたときのように・・・

うあ~~こわいよ・・・もとに戻る
自分の体の末端から微塵になって、宇宙に飛び散るような
次第に体が消えてしまうような~~
そんな感覚が「こわい」と感じる・・・・

もう止めよう。気味が悪いし、瞑想しなくても幸せに暮らしていけるから 止めとこう・・そう思いました。

コメントを書くのはむつかしい・・
そういうときは、書かない方が良いと思って、みるだけにしていました。

しかし今朝、ブログを開くと、「リアルタイム」のところの
こんな文章が目に飛び込んできました。
「私は、人に霊修行をするようにすすめはしない。
しかし・・・・どうしても始めなければならなくなったら とことんまでやらねばいけない。
身体が透き通って 自分がどこかへなくなってしまう気がするから 恐ろしくなる時がある。
そこを乗りきるのが大変なのだ」   
                     Goi bot

あれっ!
やまんばが感じた恐さは どうやら、普通におこることらしい・・・でも やまんばは別に修業したいとは思っていないから、その先を好んでいかなくてもいいなあと思いました。それにもとに戻れなかったらどうする!^^^^^

2011/08/05(Fri) 06:05 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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