2011年06月21日 (火) | Edit |
日々の暮らしの中で、
私がいつも思うのは、
何百年も昔の、
三人の宗教者のことです。

まず、法然。
そして、親鸞。
最後が、蓮如。

生きて、生活していくということは
大変なことではあります。

私の郷里の老人たちは、
「難儀なことで」と、
よく言いました。


どんなに恵まれた立場の人でも、
生きていくということは、
それぞれに難儀なことです。

それから逃れることなどできません。

法然
法然上人水鏡御影(浄土宗 西念寺)

経済的に余裕のある人でも、
健康まで思う通りにはできない。

いくら健康でも、
家庭の問題や肉親との対立は
避けるわけにはいかないでしょう。

愛情や希望へのこだわりといった
目に見えない難儀もあります。

精神的な苦しみや不安、
また、満たされない欲望
といった難儀もあります。

お金の苦労、
食べていくことの難儀は
言うまでもありません。

すべてに問題がないとしても、
人生の意義がみあたらない、
世界のどこにも自分の依りどころが感じられない、

などという高尚な悩みも存在します。
自分の存在が「透明に」しか思えない
という苦しみもあるでしょう。

じつに「生きていく」ということは、難儀なことです。
もう、これ以上、生き続けることはできない、
と感じることもあるはずです。

そんな場面で、私の助けになってくれるのが、
先にあげた三人の言行です。

できるだけ簡単に言ってしまえば、
難儀な人生を、何とか投げ出さずに生きていく力を、
その三人からあたえられているように思うのです。

苦しみや不安にみちた日常の中で、
とことん落ちこんでしまうことなく、
きわどいところで自分を支えて、

あるゆとりさえ
感じさせてくれるオーラを、
その三人に感じるのです。

法然は日本浄土教の祖とされている人ですが、
私は宗派のことはあまり意識しません。

むしろ親鸞がみずからの師としてすべてを賭け、
生涯慕い続けた先達として
法然という人を受けとめています。

そして、蓮如は親鸞に帰依し、
その教えを乱世に生きる大衆に手渡すことに
一生を賭けました。

法然の教えの中で、
私がもっとも感動するのは、
〈易行往生〉
ということです。

そして親鸞の場合は、
〈自然法爾〉
という言葉です。

有名な〈悪人正気〉説よりも、
はるかに深いものを感じるのです。

そして蓮如について言えば、
〈他力本願〉
というところに惹きつけられるのですが、

この三つの言葉は、つまるところ
同じひとつのことに違った光を当てているような
気がしないでもありません。

どれも背後には、

「わがはからいにあらず」

という他力の声が響いているように
思えてならないからです。


次回につづく


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(2000/11/06)
五木 寛之

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コメント
この記事へのコメント
プリント
そうなんですよね。
プリントすると、インク代がバカになりません。

でも、プリントしてはじめて自分のものになった
気分がして、安心ですよね。

「忘れっぽい天使」 のそれぞれの画像の左下に
「〇時間前に〇〇からリブログ」とあるでしょう?

好みの画像の「〇〇からリブログ」の〇〇を
クリックすると沢山の好みの画像が見つかる
ことがありますから、ご注意ください。^^



2011/06/25(Sat) 15:26 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
感性
夢中で絵を描いていたら朝になっていた。
そのわりには、絵からは不協和音しか聞こえてこない。「なんで・・・」シュンとして、ここにきたら、茂木さんの「感性」についての記事が目についた。
 
「正解のない世界で 必死に探し回り 動き 見つめ 寄り添う。そんな生き方は実に素晴らしくないかね、諸君!」うん、うん、やまんば同感。がんばろう!絶対諦めない!茂木さん、ありがとう。
次のもよかった。
{感性というのは、アナーキーであり、下剋上なんだ。同時代にちやほやされ、先生 先生と言われている画家だってそんなもんオレにとっては ケ!といっていいんだ。(^^^^^^おもしろい^^^やまんばの笑いです)感性というのは、それくらい自分の身と一体になって、「今、ここ」で生きるということなんだ。}茂木さん、かっこいい~~~
単純なやまんばは心底うれしくなった。さあ、続きをやってみよう。

行く前に、ろくろくさんへ、「忘れっぽい天使」

今日も七枚、思わず印刷してしまいました。
小さいとき、おいしいおやつを幸せに食べたら、いつの間にか手になにもない。
「食べたら、なくなるんだ・・」そう気づき、その事実が悲しくて泣いたように、印刷して使えばインクはなくなるものだ・・・・なくならないインクってないのだろうか・・これからは、よっぽど、気に入ったものだけ印刷し、あとは保管所でみせていただこう・・そう、思いました。・・だけど、印刷したものは、みんな「よっぽど気に入った」ものばかりなんだけどなあ・・・・^^^
2011/06/25(Sat) 10:12 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
わがはからいにあらず
日々起きてくることを
はからうことなく
受け入れて生きること

それだけでいいのでした
2011/06/23(Thu) 09:28 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
お手数かけました。
宝瓶・・・・偉いお坊さんの頭にのせる冠みたいなものなのですね。水が入っているのかな。電話までかけてくださり恐縮しています。仏教の言葉はわからないことが多いし、読み方もむつかしいです。この言葉「宝瓶」・・やまんばは「ほうびん」と読んでしまうでしょう^^^
賢くなりました。
ありがとうございました。
2011/06/22(Wed) 12:50 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
宝瓶(ほう‐びょう)
浄土宗 仲津山 西念寺さんに直接電話して聞いて
みました。

偉いお坊さんの頭に載せる冠のようなもの
だそうです。

後から描き加えたものではないか
ということです。

1 華瓶(けびょう)・水瓶(すいびょう)など瓶器の美称。
2 密教で、灌頂(かんじょう)の水を入れる器。

2011/06/22(Wed) 11:25 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
あ~~~素敵な絵がいっぱい
忘れっぽい天使の中にはぎっしりと素敵なものがいっぱいです。特に絵には、ため息が出るようです。
ゴッホにはこんな絵があったんだ~~
やっぱり、クリムト、いいなあ
たくさんの神秘的な絵や童画にもうっとり
時々、目を反らせたくなるようなおどろおどろしたのもあるし、危険なにおいを発しているのもあるけど、
色使いや構図、思いがけない発想に素直に感動しています。

これらを学ぶというより、世界は広い!という驚きや喜びのほうが大きいです。

余談ですが、一つ質問です。今回の記事の絵の法然さんの頭に乗せてある壺?は何の意味でしょうか?
少し調べてみたのですが、載っていませんでした。もし御存じでしたら教えていただけませんか?

2011/06/22(Wed) 06:58 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
難儀なことで
生きることは大変なことなんだ・・・と婆ちゃんのお世話をしながら、思っています。婆ちゃんは経済的にも安定し、子供や孫もそれなりに成長し、周囲にはなんにも心配することはないのです、が・・・今度は自分の体が自由にならない。手足が全く動かず、鼻がかゆいといって掻くこともできないのです。
いつもため息のように「昔の人は長生きも良し悪しと言われていたけど、本当のことだわ」と言ってます。

なんにも悩みなどないように思えても、みんな「おもうようにならない何か」を抱えて生きているのだなあ~~~とやまんばはしみじみ思うのです。

「わがはからいにあらず」・・・・一切合財を含み、宇宙からこの人間社会をみているような大きな大きな言葉ですね。
2011/06/21(Tue) 07:36 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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