2011年03月21日 (月) | Edit |
「アミターバ―」を読むきっかけになったのは、
NHKプレミアム8で「玄侑宗久 なりゆきを生きる」
を見たことであった。

それはさておき、今回の3.11大地震で、玄侑さんのお
寺も相当な被害を受けたという。玄侑宗久公式サイト
の「雪月花」にそのことが掲載されている。

「とんでもないことになってしまった。ただ私は無事
なので、ご安心いただきたい。安否を気遣うメイルを
たくさんいただきながら、お返事がしきれない状況な
ので、ここでご報告したいと思う。

お寺の山門横の塀が倒れ、六地蔵が倒れ、墓地もかな
りやられたけれど、もっと北や浜側の被災状況をテレ
ビで見るにつけ、そんなことは言ってられないと思う。

なにより建物本体は無事だし、この町はまだライフラ
インが繋がっている。電話はしばらく通じなかったけ
れど、水、電気は止まらないため、原発の危険から逃
れてきた人々が1500人ほど町の施設で過ごしてい
る。

ただこの滞在、長期化の様相であるため、避難所の毎日
の暮らしが今後の大問題である。この辺りも震度5~6
強に亘っており、本来なら被災地区なのだが、町の人々
は自分の家の片付けもままならぬまま、炊き出しなどに
協力し、物資も寄付している。これはかなり厳しい状況
と云えるだろう。

genyusokyu 玄侑宗久公式サイト

アミターバ―
アミターバ―無量光明
東北関東大地震に遭遇された方は本当に大変なことだっ
たですね。心からお見舞い申し上げます。

宗久さんのように大地震の周辺の人々にも、これまた
多くの被害が及んだことを思うとホントに言葉を失っ
てしまいます。

ここ最近は玄侑宗久さんの本をまとめ読みしていたろく
ろくですが、それも今回の大地震でストップしてしまい
ました。思考が停止してしまい、ここ数日はただTVにく
ぎ付けになった日々でした。日本の誰もがというか世界
中の人が驚愕したのが今回の地震や大津波だったのだと
思います。

さてご存知のように、玄侑宗久さんは僧侶を勤めるかた
わら作家としても大活躍をしておられます。2月22日放
送の 「プレミアム8」「大胆不敵な水墨画『白隠 気
迫みなぎる禅画』」でもお見受けしました。

白隠さんは宗久さんの属しておられる臨済禅の中興の祖
でもあるわけですから、現役の禅僧の立場からのお話も
もっとお聞きしたかったなぁ~

宗久さんは「〈問い〉の問答」という対談(90頁~91頁)
のなかで次のように「アミターバー」について語って
おられます。

「私は「アミターバー」という小説で、「死の瞬間」と
いうものを書きたいと思ったんですよ。「アミターバー」
では「死にゆくプロセス」を「死にゆく当人の意識」で
書きたかったわけです。

ところが、これが限界なのは、「死にゆく当人の意識」
というのはどんどん変容していく、言ってみれば合理性
の外へ行きますから、この主体の変遷を作品の中心視点
として描くということは、本質的に不可能なことですね。

まっとうにそれを求めれば読者に対して理解不能の描き
方にならざるをえない。しかし読者向けのフィクション
としては、結局ともに変容しつづける目線と見られる自
分のうち、目線だけはある程度、定位を保たせるしかな
かった。悔しいけれどそれは仕方ないですね。


玄侑宗久さんのどの作品にも、宗久さんとおぼしき僧侶
が登場します。その物語の多くは事実に基づいているの
だという。「アミターバー」の場合は義母がガンで亡く
なるまで様子が描かれているが、われわれ日本人の死に
ゆく時のイメージとして違和感のないものだった。

身近に亡くなりそうな方を看病しておられる方には
特におすすめしたい本です。


齢80を前に肝臓のガンで入院した女性の、闘病、死、
そして死後の様子を、患者本人の語りでつづった物語。
生への希望を持ち、病と治療の痛みに耐えて過ごす入
院当初。

徐々に近づいてくる死への不安を、僧侶である娘婿を
相手に語り合い乗り越える中盤。やがて死を迎えた主
人公は、光となって残された者の間を舞う。「人が死
ぬとはどういうことなのか」。この万人の疑問をやわ
らげてくれる、芥川賞作家と僧侶という二足の草鞋を
履く著者ならではの作品である。

作中、「地獄はあるのか」との主人公の問いに、
物理学を交えながら懸命に答えようとする娘婿の態度
が興味深い。宗教を押し付けるのではなく、しかし、
信じることは大切であると伝えたい婿の存在は、常に、
「生と死」「宗教とは何か」を見つめ続けてきた、著
者の姿を映しているといえよう。また、本書には、亡
くなった夫との再会や、天使のような少女の出現、死
後の意識などのオカルティックな要素が登場するにも
かかわらず、うさんくささがない。

それは、病が進行するにつれて時間の感覚が揺らぎ現
実と過去と夢が交錯する様子や、「意識がない」状態
でありながら痛みの表情を顔ににじませる様など、
実際に死に逝く人を目前にしたことのある者には納得
のいく描写が織り込まれているからであろう。

今、死に直面している人々、あるいは大切な人の死を受
け入れねばならない人々に、特にすすめたい1冊である。
(アマゾンの商品の説明より)

アミターバ―無量光明 (新潮文庫)アミターバ―無量光明 (新潮文庫)
(2007/04)
玄侑 宗久

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コメント
この記事へのコメント
カバーの絵
そうですか、お嫁さんとお孫さんが避難してこられましたか、
ご苦労様です。でもよかったですね、家族がすべて全滅のと
ころもあるようですから・・・・・。

アミターバーのカバーの絵、ルドンの方は単行本、
ダリアの表紙は文庫本です。ルドンの絵は昔から大好きで、
特に彼のパステル画の色を見ているとトリップしてしまい
そうになります。

http://img10.shop-pro.jp/PA01047/075/product/7296116.jpg

2011/03/22(Tue) 14:42 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
災害復興に向けて
少しずつ被害の実態が明らかになりつつ、また物資の流通も除々ではありますが被災地とつながり、被災された皆さまにも渡るようになり、やまんばは「原発」以外は、ようやく、ちょっとづつ希望が持てるようになりました。

我が家も関東に住む息子の、嫁と赤ちゃんだけ数日前から預かり、避難生活を送っています。嫁のところは、スーパーに買い物に行っても、ほとんど物資がなく、紙おむつを買いにお店に連れていくと、棚にいっぱいの紙おむつが置かれているのをみて、「あ~~、ここにはまだいっぱい物がある!」と喜びの声をあげておりました。牛乳もお米もなくみんな品薄で途方にくれたそうです。

みんなで共にがんばましょう。

ろくろくさん、アミターバーの本、ばあちゃんと一緒に読ませていただきましたよ。ばあちゃんはすぐに忘れてしまいますが、その時その時、頷きながら聞いておられました。
死ぬときに、希望の持てる内容でした。ろくろくさんの解説、よかったです。
この本はばあちゃんと一緒に読んだ本として、やまんばは大切にします。ありがとうございます。
カバーの絵は二種類あるのですね。
やまんばのは、下のダリアの表紙です。
以前、やまんばも50号のSで画面いっぱいに一輪の白いダリアの美しさに感動してこのような色で描いたので、うれしく共感しました。
上のカバー絵はルドンですね。やまんばには、この絵の色彩は今の日本の気持ちを表現しているように感じました。
2011/03/22(Tue) 10:54 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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2011/04/08(Fri) 06:53:24 |