2011年03月11日 (金) | Edit |
十四世ダライ・ラマ著「ダライ・ラマ[死の謎]を説く」より(3)

特別な修行も積まず、
深く仏の教えに帰依しているわけでもない、
ごくごく普通の人間にとって、
死の恐怖を軽減する方法はあるのか。

ダライ・ラマ
ダライ・ラマ「死の謎」を説く (角川ソフィア文庫)

もし、その人が、
再生、転生の思想を信じず、
ただ一度きりの人生、
この〈現世〉しか認めないなら、
死の恐怖を軽減する効果的な方法は、
存在しないと言わねばならない。

もし、あなたがそのような人間であるなら、
しかも、死を恐れているならば、
こう答える以外にはないだろう。

「死を思うな、考えるな、そして、
現実に死が迫ったなら、酒でも飲み、
残された時間を楽しめ。
やがて人生と共に恐怖も終わる」

人間として生を享けた以上、
死は、不可避的に訪れる。
ならば、その死も、
人生の一部として享受するしかない。

死から逃れられない以上、
無闇に恐れるよりは
親しくしたほうがいいに決まっている。

人生の早い時期から
死と親しむことができれば、
いざ死ぬというときにも、
恐怖ははるかに
小さなものになるだろう。

死と親しむには、
老後を思うことが役立つだろう。
自分自身の老後を。

年老いることには
なにも特別な意味はない。
人間は誰もが年老い、
やがて死を迎える。

そのときになれば、
従容として老いたように
従容として死ねばいい。

来世があるか否か、
再生するか否か、
思い迷う必要はない。

あるがままの死を迎え、
認め、
受容すればいい。
それが死というものだ。



・・・・・・
ダライ・ラマさんのおっしゃる通りなんです。
でも、私たち凡夫は、そのように素直に思えない
から困っているのです。

「死を想え」ですぐに思いだされるのは、
「メメント・モリ」という言葉ですね。
ろくろくは 藤原新也著「メメント・モリ」を
通してこの言葉を知りました。

藤原新也さんの「メメント・モリ」を最初に書店で
見た時の衝撃は忘れられない。彼が撮った74枚の写
真にはそれぞれ彼の言葉がそえられていた。

たとえば、「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」
という言葉には、ガンジス川の中洲と思われるとこ
ろに人間の死体が打ち捨てられていて、その死体を
野犬が喰らっている、といった衝撃的な写真が載せ
られている。

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」で検索する
と案の定すぐに写真をみることができた。一瞬転載
を考えたが、この写真に関しては、前後の写真と共
に見て頂きたいなあと思った。

「メメント・モリ」の本を直接手にして見て頂くの
がいちばんいいが、藤原新也オフィシャルサイトで
も見ることができるから是非ご覧いただきたい。

藤原新也オフィシャルサイト
メメント・モリ Memento mori


メメント・モリメメント・モリ
(1990/05)
藤原 新也

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メメント・モリ(死を想え)―死を見つめ、今を生きるメメント・モリ(死を想え)―死を見つめ、今を生きる
(2009/11)
日野原 重明

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コメント
この記事へのコメント
言葉もありません
あの強烈な大津波の映像を見てしまうと、
この世の無常を思い知らされてしまいます。

丹精込めて作りあげた畑やビニールハウス
がなすすべもなく飲み込まれてしまう。

コンテナや車や家々がベルトコンベアーの
上に乗っているみたいに次々に運ばれて行く。
枯葉のように波にさらわれる船

2011/03/14(Mon) 10:19 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
before after
津波前と津波後の写真を見ることができます。
マウスで画面をなぞると画像が変わります。
http://www.abc.net.au/news/events/japan-quake-2011/beforeafter.htm
2011/03/14(Mon) 10:17 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
<東日本大震災>「不屈の日本」…米紙称賛
【北米総局】東日本大震災を受け、米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は12日、「不屈の日本」と題する社説を掲載した。社説は地震大国日本の技術力と「備え」をたたえ、「日本は経済が低迷し、政治家の失態に国民の大部分は当惑しているが間違ってはいけない。日本の産業力は依然として偉大だ」と述べた。(毎日新聞)
とある
2011/03/14(Mon) 09:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
地震
とてつもなく大きな地震がおきてしまいました。

次々に映し出される被災地の様子や原発の様子に、ややまんばの心はしぼんでしまいました。
しかし、友人から、昨日メールをもらい、少し元気が出てきました。
そこには、「日本人には、底力があるから、・・・」
と、かいてあったのです。
そうだ!原爆が落ちたあとも、阪神大震災などのあとも、みんなが生まれ変わったように力を合わせて復興できたのだ!!やまんばは、少し光が見えてきました。

どんな小さな力でも、みんなが少しづつでも、助けて合っていけば、大きな力になるのだと思う。やまんばも微力ながら、自分ができるだけのことはしていこうと思います。

被災地の皆さまの心身の健康と、亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りいたしております。
2011/03/13(Sun) 09:27 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
M8,8の大地震
テレビでは大津波で大きな船や車が次々に
ながされている様子をうつしだしています。

一寸先はわからないということですね。
2011/03/11(Fri) 18:01 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
いざ!!!覚悟して生きる。
やまんばはこうして毎日ブログを見させていただき、
あまり「意識」していなかった、「死」を見つめる機会がふえ、、いつの間にか、「死」が「生」と一緒に歩み始めてきたように感じます。

どちらにしても「死」はやまんばにも例外なく訪れるのだと思うと、その感度に比例して、「生」がみずみずしさを増してくるのがわかります。

きちんと生きる。

そして、

きちんと死ぬんだ!

そう思えるのは、幸せなことだと思えるのです。

「死」が訪れるということは、やまんばにとって、安らぎを意味するように感じます。

いつまでも生きてていいですよといわれると、なんだか、蟻地獄に頭だけ出して生きてるようで、息苦しい思いがします。

ぐちゃぐちゃ言わずに、今日も一生懸命生きようと思います^^^^^^^



2011/03/11(Fri) 08:18 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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