2010年11月01日 (月) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(10)


瞑想とは

なんという とほうもないものでしょう

もしわずかでも 思考を瞑想にしたがわせ

瞑想の型にはめようと努力するなら

わずらわしい重荷になってしまいます

静寂をえようと望むなら

その静寂は 輝きを失ってしまいます


ike

もし瞑想によって

ヴィジョンや体験を追いもとめているとしたら

幻想の世界や

自己暗示にいきついてしまいます

思考が花ひらき

そして 枯れはてるときにのみ

瞑想は意味をもちます

思考が花ひらくのは

自由のなかだけです

知識の幅が広がっていくだけでは

開花することはありません

知識は

新しい体験をあたえ

より大きな感覚をもたらすかもしれませんが

どんなものであれ

体験を追いもとめている心というのは

成熟してはいないのです

成熟とは

あらゆる体験から自由になることです

生きるにせよ 死ぬにせよ

もはやどんな影響もうけない ということです


izumi


瞑想における成熟とは

心を 知識からとき放つことです

というのも 知識が

すべての体験をかたちづくり

コントロールしているからです

みずから光となっている心は

いかなる体験も必要としません

未成熟とは

もっと大きく もっと広い体験を

渇望するということです

瞑想とは

知識の世界をとおりぬけ

知識から自由になり

未知のものへと入ってゆくことです



次回につづく




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コメント
この記事へのコメント
「いかなる体験も必要としません」というコメントに対して
それはいつしか自然にそうなるのだと思います。

そこに至るまでには、いままでの体験こそ、必要不可欠なのだと思います。
自分の体験をじっとみる。批判も判断もせずに、ただただ見つめていたとき、心の在り様が見えてきて初めてそこから自由になれるのだと思います。(雲がなければ、青空が在ることがわからないように)

自分に起ったことを、第三者のように見る。

その時初めて、周りの人も自分自身の心へにも、思いやる心がうまれて、なぜ、そのような状態になったのかが理解でき、やがて癒され、それらのすべてから、解放されるのだと思います。


雀がチュンチュン鳴く。
紅葉が赤く染まる。
ごはんがおいしい。
おなかがいっぱいになったから、眠る
哀しいと思ったら、さめざめと泣く
水に触って、冷たいと感じる
美しいものをみたら、心から喜ぶ
自分に関わるすべてのことを大切にする

そんな何気ないことに,子供のように反応し、そして本当の大人として、執着なく生きることが出来始めるのでは・・と思うのです。
2010/11/04(Thu) 12:29 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
いかなる体験も必要としません
「人は悩み、苦しんだ量だけ、幸せになり、全ての感情を受け入れて豊かに生きれるようになるのですね。

涙の分だけ、本当に人生を深く味わうことができるということなのですね・・・。 」とやまんばさん。

しかしクリシュナムルティは、「あらゆる体験から自由になること」と言います。

悩み、苦しみ、涙した体験からも自由になること、ということです。

みずから光となっている心は 
いかなる体験も必要としません



2010/11/04(Thu) 11:24 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
クオリア日記 『斉唱』 http://bit.ly/aNxsf3
面白かった。
2010/11/04(Thu) 10:49 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
全的アウトサイダー
「日常、強い感情が伴うものは、過去に本人さえ忘れている何かが横たわっていることが多い。 それが見つからない限り、静かに瞑想することは不可能なように思えるが、だからこそ瞑想が必要だとも思う。口は閉ざしても、心は決して静かではない。 何かをつぶやいている自分に気づく。」やまんばさんの文を拝借しながらツィートしました。ツィートは140字以内なので、文字を詰めて書きます。
2010/11/04(Thu) 10:48 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
やまんばのひとり言
人は悩み、苦しんだ量だけ、幸せになり、全ての感情を受け入れて豊かに生きれるようになるのですね。

涙の分だけ、本当に人生を深く味わうことができるということなのですね・・・。

心をただただ見つめ続け、ゴミやほこりををみつけると、それらから、解放され、実際に見える世界も次第にクリア―になっていくのですね・・・。

最後には、生れたまんまの光になり、その存在そのものが別名「愛」という名で呼ばれているのものなのですね。

やまんばはそれが少しずつ理解できるようになりました。

私はそれがわかるために、この世に生れてきたのだと、はっきりわかりました。

そのために、自分から選んで今までの人生を歩んできたのだと思うと、置かれた環境も、全ての感情を含んだ人間関係も、すばらしい恵みであったのだと感謝せずにはおられません。

アウトサイダーに生きるということは、本当に身に付けた全てを捨てるのではなく、それらへの執着を捨てて、自由に使わせていただき、豊かに生ききるということなのだと思いました。
2010/11/04(Thu) 10:14 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
映画「4分間のピアニスト」
昨日の夜、もう一度最初からみてみました。

あの最後の演奏が出来てよかったと、今度は静かに頷くことができました。

あの彼女のピアノの演奏こそ、「全的にアウトサイダー」^^^^だと、感じました。

そしてまた、あの演奏に今までのすべての怒り、反抗を、吐き出すことができ、いまからの彼女はおそらく、しっかりと落ち着いた「自分のまんま」の人生を送れるようになるのではないかと思い、うれしく思いました。

日常、強い感情が伴うものは、過去に本人さえ忘れている何かが横たわっていることが多いように思います。

それが見つからない限り、静かに瞑想することは不可能なように思えます。

口は閉ざしても、心は決して静かではない。
何かをつぶやいている。

しかし、この映画の「教える人」と、「教えられる人」、この出会いはどちらにとっても、救いになりまいたね^^^^

暗い映画でしたが、最後の最後に、舞台と二階中央とで、互いが一瞬、静かに喜んで見つめ合うところがあり、そこだけ、やさしい光を見出したやまんばは、ホント、ほっとしました^^^^。
2010/11/04(Thu) 07:27 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
掲載の写真
上が「池」  下が「泉」なのですね。

やまんばは泉をみるのが好きです。

こんこんと尽きることなく、きれいな水が湧き出ているのをみていると、なんともいえず満たされて、幸せな気持ちになれるからです。

湧き出ている中心から、汲み上げて飲んだ水は、まろやかでおいしかった・・・・

2010/11/03(Wed) 14:13 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
「あらゆる体験から自由になること」
生れてきたときの そのまんまの心。
現在も未来も過去もない、永遠の今。

私たちは生きるうえで、次第にその
玉のような心を曇らせてしまい、
死という門を通過するときでさえ、

この世で身に付けたものを脱ぎ捨てる事が
出来ずに立ち往生し、大混乱に陥るようです。

本来の姿に戻って行くには、生きているうち
に死ぬ練習、つまりは真剣に生きる方法を
身につけなくてはならないようです。

それはクリシュナムルティによれば
「あらゆる体験から自由になること」
というのですから・・・・・・・。


2010/11/02(Tue) 15:40 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
子供のような心
生れてきたときの そのまんまの心。現在も未来も過去もない、ただ「在る」だけ。

私たちは生きるうえで、次第にその玉のような心を曇らせてしまい、死という門を通過したとき、始めてこの世に身に付けた一切を、否が応でも、脱ぎ捨て、やっと、本来の姿の戻っていくのですね。

ありのままをみる。体の感覚を意識する。
それらは全て、本来の自分に戻っていく道なのですね。

嬉々として喜ぶ。悲しかったら、さみしかったら、泣く。
悪いことをしたら、ごめんなさい。
全ての事に、心から感謝して、「ありがとう!」
不快なことをされたら、じだんだして怒る^^^^

そんな子供らしさを取り戻し、いきいきと生きる!

そういうことなのですね。

地位も名誉もお金も、次第にふえた身辺の多くの物、この世で価値あるものを、着ぐるみのようにいっぱい身につけて、にっちもさっちもいかん、自由がない!といって、悩み、苦しんでいるのですね。

しかし、年を取るということは、いいこともあります。
必要なものが段々減っていくからです。
最後には、寝間着とおむつ、少々のお金と食べ物、身を横たえるベッドさえあれば、生きるに足りますから^^^^


さあさあ、次第に、「お片づけ~~~テケテッテ、お片づけ~~~テケテッテ」(これは、やまんばがお片づけのときに勝手に口ずさむ歌です)
心も物も、身軽になっていきましょう^^^^^

ろくろくさん、やまんばはここで学んで、(今は^^^^)、今朝の空のような晴れ渡った気持ちになっています。あなたのお陰です。本当にありがとうございます。




2010/11/02(Tue) 08:15 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
自ら光になっている心は
この写真の水のように、風の流れや、刻々と移り変わる空の雲や風景を、映し出す。

ほうきで掃く瞑想・・・印刷したところを、別の用紙に筆ペンで写した。とても、とても、大切なことが書いてある。
やまんばにとって、一字一句、素通りしてはならないことが書いてある。

2010/11/01(Mon) 15:19 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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