2010年10月15日 (金) | Edit |
ティク・ナット・ハン著「マインドフルの奇跡」より



昔あるところに、二人の曲芸師がいた。
二人は行く先ざきで曲芸を披露し、
その日の糧を得ていた。

その曲芸とは、
長い竹竿を男の頭の上に立て、
それを女の子がゆっくり上っていく。
そして女の子を竹竿のてっぺんに乗せたまま、
男が地面を歩き回るというものであった。

二人は細心の注意をはらって、
けっして失敗しないように気をつけていた。

ある日、男は女の子にこう言った。

ティク・ナット・ハン01
マインドフルの奇跡―今ここにほほえむ (からだの冒険こころの冒険)

「なあメーダ、これからはひとつ、わしがお前に気を配り、
おまえもわしに気を配るということにしないか。
そうすりゃ、ふらついて失敗することもないし、
食うにも困らないからな」

しかし賢い女の子はこう答えた。

「それより親方、
自分で自分に気を配るほうがいいんじゃないですか。
それぞれが自分に気を配っていれば、
両方に気を配ることになるでしょう。
そうすれば、ふらついて失敗することはないし、
食べるにも困らないでしょうから」

「この女の子の言ったことは正しい」
と、仏陀は述べています。

注意深く心をとどめる人が家族に一人いれば、
その家族全体がもっと注意深く生きるように
なります。

心をこめて生きる人が一人いることで、
家族全体が心をこめた生きかたに
気づかされるのです。
(88~89頁)

ティク・ナット・ハン02


自分で自分に気を配ることがまず大切で、
他人のことは心配するな、ということです。
他人のことを気にかける癖は、
恨みや心配を生みやすいのです。

と、ティク・ナット・ハンさんは指摘しています。


ティク・ナット・ハン Q&A #1 (2009 New York)


「お兄さんや妹に腹が立った時、どしたらいいですか?」

腹が立った時は、何も言ってはいけません。
なにもしないほうがいいです。
自分に戻って、ゆっくり息を吸って、息を吐きます。
それを何回かして、なにか行動を起こす前に、
『怒りの面倒』をみてあげます。

これをすることは、平和の行動になります。
すぐに「反応」したりしないんです。

自分の“怒り”の面倒の見方を知っていれば
ゆっくり呼吸しながら、『今のはカチンときた・・・
でも、別に反応して行動する必要はない』
と判りますし、

この人は今、幸福でないから、あんな事をしたのだ~
と思えますから、その人に対して思いやりを持ち
「微笑みます」。これは大きな「勝利」です。


(字幕/ティクナットハン)Thich Nhat Hanh 2003 Retreat Day 1 - #2 of 11


あなたの応援(1日1クリック)お願いします。
↓↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
心が宇宙の果てに… 共感しました(;_;)

ろくろく先生☆

やまんばさん♪


本当に真剣なお答え



もう言葉を失い
お二人に溶けこみ

ただただ

真の心から

感謝の気持ちで
満ち溢れてしまい…

なんと言って良いか 分からないまま…
時が過ぎ…


『ありがとう』


の気持ち届きます ように…

お二人の親身の
コメントとコメント下さったお気持ち、私の 一生の宝です☆

ずーっと静かに
宇宙の果てに行き…
ようやく 帰還致しました…(;∇;)/~~


涙が溢れて
心が満腹ですm(_ _)m

幼稚で浅はかな 私にこんな素晴らしい話をして下さるのは…

この世でお二人だけと 言い切れます…。
私的には全く
大げさでは有りません。(;_;)

やまんばさん♪
きっと素晴らしい
画家に…☆
今とは違った意味でより良い絵を一緒に
お願い申し上げます

私も魂を絵に 本気で捧げたく成りました


今までは、所詮、 小手先の技術に頼った絵でしか無かった

☆頑張ります☆

生ある限り
今を精一杯生きます

但し…
私の場合は
20%で生きてます。

精一杯でも80%までにする事にしました

ゆとり 裕さが
感受性を磨くから…

100%は
本気の本気の時に
いつでも出せる様に 温存して暮らします

お二人の心に…

(^з^)-☆Chu!!
させて頂きます。
テレテレ… f^_^;

新しい明日の 今に… 乾杯
2010/10/19(Tue) 05:05 | URL  | ひろぼう #2ySkFsy6[ 編集]
ひろぼうさん
人を思いやり、一つ一つの目の前の事に感謝して取り組んでいけば…自然に… 時間がたてば… 物事は正しい方向に向かうと思っていましたが…? そうでは無い。とは、どういう事でしょうか???

ひろぼうさんの疑問は当然のことです。
ろくろくがkrishnamurtibotをコメント欄にリツイートした下の文
に対する質問でもあるのですよね。

krishnamurtibot
我々は自分自身が時の経過とともに変り、少しずつ一日一日と自分の内部の秩序が形作られると思っている。だが、時間はいかなる秩序もいかなる平和をももたらしてはくれない。だから、時間が経過すればどうにかなるという考えを捨てなければならない。明日になれば平和に生きてゆけるということはない


これは「Subject:時薬」とは少し違う次元のものですから、
当面はいっしょくたにしない方がよいです。

時間は便宜的に人間の思考が創り出したものです。
客観的に時間が存在しているわけではありません。

空間で説明した方が分かりやすいかもしれませんね。
全世界の国の数は192か国です。人間が作った地図上には
その国境線が描かれています。

いま私たちは、宇宙から撮られた地球の姿を見ることが
できます。その青い地球にはどこにも、海にも山にも砂漠
にも、国境線を見つけることはできません。

子午線や赤道も便宜的に人間が作り出したものですよね。
仮に神戸から船に乗ってサンフランシスコに行くとします。
途中どこにも子午線、国境線を見つけることはできません。

たとえば土星に向かってロケットを飛ばしたとしましょう。
火星を通って、木星を通過して土星に着きました。途中の
どこにも境界線はないのです。宇宙の果てまでいっても、
あるのは、一つながりの宇宙です。

同様に時間についても言えます。
時間は明日に向かって進んでいる様に見えますが、違います。
時計を見るとチクタクチクタク進んでいるように見えますが、
違うのです。

過ぎ去った1分前と只今との間に何か境界線がありますか?
何処にもないのです。昨日と今日の間にも、今年と去年の
間にも10年、100年、100万年前と只今との間にも
境界線はありません。

これは未来についても同じです。今日と明日との間にも境界線
はありません。10年、100年、100万年後と今との間に
も境界線はないのです。

私たちが自覚できるのは、逆立ちしても、どんなに早く走って
も「いま」だけなのです。「ここ」だけなのです。

私は以前このことを理解したとき、鳥肌がったって、ふるえが
しばらく止まりませんでした。

私たちが本当に自覚できることは永遠の過去から、永遠の未来
に続いているたった一つの、一つながりの「いま」だけです。
本当に存在しているのは「永遠のいま」だけなのです。

こうした認識をベースにクリシュナムルティやケン・ウィルバー
の言葉を読み解かなければなりません。

クリシュナムルティが言います。「だから、時間が経過すれば
どうにかなるという考えを捨てなければならない。」

「時間が経過して明日になる」という考え方は便宜的なものだ
と自覚していないと、大混乱に陥ってしまうぞ、棚上げできる
ことはないのだから・・・ということです。

己をよく観察し先入観なしに、いまやれることをちゃんとやる。
いつの間にか解決することなどないのです。
2010/10/18(Mon) 17:09 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ひろぼうさん、おはようさん!
やまんばのコメントを誉めてくださり、心から照れています^^^^。
なぜならば、やまんばは「わかったあ~~~」と思ったら、次の瞬間はすっかり忘れてしまっているからです。
コメントを書くときは真実そう思うのですが、まあ、いい加減と言おうか・・・・そんなこと言ったっけ、と いうようなところがあるのです。

でも、やまんばはもう、それでもいいと大らかに思えるのです。
だって、やまんば自身にも、そして全ての人の心にも、雲一つない、生れたてのきれいな心があるんだという事実が、理解出来たからです。

散歩しながら、空気を胸いっぱい吸い、足を止めて、草花をみつめ、そこに美しい宇宙の法則や神秘にふれたり、それを今日の友として、スケッチさせてもらったりするだけで 自分が満ち足りてくることを知ったからです。

パソコンの世界も限りなく広いけど、やまんばの心の中もまさにそうであり、自分がもう自分自身のことは全部わかりましたなんて口が裂けてもいってはいけないことなんだと知りました^^^^
美しいと感じる心にも限界はないのだと思いました。

だから、与えられた環境の中で、心に触れたことを見つけ、絵にしていこう!と決心したのです。

いままでのやまんばの、絵を描くことの目的は、描いた絵から自分の道を見つけることでしたが、これからは、少し意味がちがってくるように感じます。

単純な発見ですが、絵を描くことは自分の天職だと気づきました。(大した絵を描いているわけではないのに、ちょっと表現がオーバーになりました^^^でも今から、ひょっとしたら、大した画家になるやもしれません。誰でも自分で自分の限界に線を引いてはいけませんから)

「自分という家に還って来て、状況を掴むこと。そして、自分自身の(主人)になること」

本当にそうして生きていこう。
それならば、迷わずにどうにか生きていけそうな気がする!

弱虫やまんばから、弱くても強いやまんばに生まれ変わろうとしています。
それもこれも、このブログの存在のお陰です。

ろくろくさんの存在に、心から感謝しています。
やまんばはろくろくさんに出会えて本当に良かったです!!!

長い文になりました。
やまんばのこのブログにおける今までの「まとめ」のような文になりました。



2010/10/18(Mon) 10:41 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
時薬
腹立たしさの面倒をみる という悟りと、他人の事よりも、まず自分をちゃんとすべし!と…最近、つくづく思わされました
人を思いやり、一つ一つの目の前の事に感謝して取り組んでいけば…自然に…
ただ時間がたてば…
物事は正しい方向に向かうと思っていましたが…?

そうでは無い。とは
どういう事でしょうか???

浅はかなる者に
ご指導お願い申し上げます…m(_ _)m
2010/10/17(Sun) 20:19 | URL  | ひろぼう #2ySkFsy6[ 編集]
感銘…m(_ _)m
ろくろく先生☆
やまんばさん♪

今回のブログは

最近、自分で悟った事と全く同じ内容で
ビックリ 栗 栗♪!!
ろくろくブログを
学ばせて頂いて…

少しずつ成長してる 自分を発見ルン♪☆


やまんばさんの様に オリジナルな考えに至るには

まだまだですが…

私なりに

より良い人生を
両親に頂き
みんなに支えて
生かされている命を

可能な限り有効に
生かしてあげたいです…感謝m(_ _)m


やまんばさんの
コメントは、いつもろくろくブログを、更に深くして下さり
またまた…感謝感激です…m(_ _)m合掌
2010/10/17(Sun) 20:06 | URL  | ひろぼう #2ySkFsy6[ 編集]
krishnamurtibot
我々は自分自身が時の経過とともに変り、
少しずつ一日一日と自分の内部の秩序が形作られると思っている。
だが、時間はいかなる秩序もいかなる平和をももたらしてはくれない。
だから、時間が経過すればどうにかなるという考えを捨てなければならない。
明日になれば平和に生きてゆけるということはない。
2010/10/16(Sat) 20:56 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
本来の面目
禅でいう主人公とは「本来の面目」本来の自己、真実の自己という意味。
瑞巌和尚は、毎日自分自身に向かって「お~い主人公」、と呼びかけ、
自分で「ハ~イ」と返事をしていた。

「はっきりと目~醒ましとるか~?」「ハ~イ」
「人にダマされるなよ~」「ハ~イ」
と、ひとり言をいっておられた。

2010/10/16(Sat) 19:47 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます。
朝から大変為になるお話を聞かせていただき、本当にありがとうございます。

ティク・ナット・ハンさんの声自体がやまんばの心をやさしく撫でてくださいました。
淡々として、言葉と言葉の間が心地よかったです。

そのお話の中で一番心に響いたのは次の言葉でした。

「私たちは滅多に(自分自身)で居ることがないのです。
(気持ち)や(知覚)や(感情)の犠牲者になっています。
・・・・
自分という家に還って来て 状況を掴むこと そして 
自分自身の(主人)になることが重要です。」

というところでした。

また腹が立ったらどうするか・・・というのも大変参考になりました。今後の生活に活かしていこうと思いました。

ありがとうございました。
2010/10/15(Fri) 06:33 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック