2006年05月07日 (日) | Edit |
大和マヤ著「女医マヤの相手の心をトリコにする秘密の心理術」海竜社より (2)


徒然草(つれづれぐさ) 第五十八段 後半の訳です。

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たとえ出家して、
お寺などにこもったとしても、
やっぱり人間だから、
ちょっぴり気持ちが迷ったり、
欲をむさぼることだってある。

そんなときに、
「そんなんだったら、
出家した意味がないじゃないか!」

と怒る人もいるけど、
それはヒドイよね。

実際、出家した人に欲があるといっても、
普通に俗世間のなかで生きてる人に比べたら、
カワイイもの。


寝るのは紙のふとん。
着る服は麻。
ご飯もすんごく少ないし、
おみそ汁もショボい。

俗世間に生きている人のように、
ぜいたく三昧できるわけじゃないでしょ?

だったら、出家して修行している、
意味はちゃんとあるんだよ。

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ほら想像してみてください。
たとえばあなたは喫茶店で仕事をしています。

こんなとき、せいぜい一杯のコーヒーや、
ちょっとしたデザートくらいしか
口にすることはできません。

楽しみといっても、
そのくらいなものです。

それこそ家にいるときのように、
マンガを読んだりテレビを見たり、
チャットをしたり、

いろいろ怪しいことをしたり
できるわけがないのです。

だったら、喫茶店に来ている意味は、あるのです。
家にいる人なんかより、よっぽど勉強や仕事の
完成に向かって進んでいるのです。


兼好法師は、

「だから、環境を変えている、あなたは正しいんだよ。
『そこに来ないと集中できない!』
なんて嘆く必要は、ないんだよ」

と言ってるわけです。

実際に出家したからといって、
欲求・欲望などが、
完全になくなるわけではありません。

そしてそれを、彼は
「ムリがないこと」と、
言い切っています。


すなわち「場所を変えている」だけで、
十分に意味があるのです。

誘惑だって格段に少ないですし、
集中のしやすさは、たとえ数%だとしても
確実にアップしていることでしょう。

また場所を変えても、迷いがあるのは当然です。
そのことを決して恥じなくてもいいのです。

兼好法師は、「うすぺらい理想論」を
振りかざすことをしません。
とにかく「現実的」で「具体的」です。



次回につづく


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