2010年04月12日 (月) | Edit |
吉野弘さんの詩には今までにも「祝婚歌」や「夕焼け」
などで出会ったことがあったのに、今回はまるで初めて
お会いしたかのような衝撃がありました。

これはやはり是枝裕和監督の作品「空気人形」という映像
を通しての出会いであったことが大変大きかったのだなぁ~
と思います。

「生命は」の詩が語られるのは、死を前にした孤独な老人と、
使い捨ての性処理人形との出会いによってもたらせられたの
でした。

最初はなんとはなしに老人がかげろうの話をするのです。

老人「君、かげろうって虫、知っているかな・・・」
「かげろうはね、親になると一日か二日で死んでしまう。
だから体の中はからっぽで、胃袋も腸もないそうだ。そこに
は卵だけが詰まっている。ただ産んで死ぬだけの生き物だ。
くだらんよ」

ってね。
しかしこのかげろうの話も吉野弘さんの「I was born」
という詩の中から紡ぎだされたセリフだったんですね。
知らなかった。

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I was born

確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。
僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。 僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。

「消息」(昭和32)所収 

「I was born」は「近現代詩まとめ」から転載させて頂き
ました。


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社会のあり様や働き人の暮らし、家族の営みや自然の移り変わりを、日々を生きる者の飾らない眼差しでとらえ、深く柔らかくそしてユーモラスに練り上げた言葉でうたう詩人・吉野弘。名詩「I was born」や「祝婚歌」など、やさしく誠実な者たちの魂の重力を探った戦後五十年にわたる詩群のなかから代表作品を選び、季節・生活・言葉遊びなどテーマごとに配置する。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

かげろうの体の中はからっぽだというのは、想像なんかじゃ
なくて拡大鏡で実際に観察して言っているのですね。そして
胃も腸も退化していて、あるのは喉元までぎっしりつまった
卵だなんて・・・・・・ もう言葉がありません。

かげろう同様、空気人形の体の中もからっぽで、あるのは
性器だけだというのがなんとも〈せつない〉です。

ついでながら、あの般若心経に出てくる「空」も「中身のか
らっぽのもの」という意味なんですね。

空気人形が言います
「わたしもからっぽなの」

老人「こりゃ奇遇だね。わたしも同じさ、からっぽだ」

空気人形「ほかにもいるのかしら」

老人「今時はみんなそうだろう」

空気人形「みんな?」

老人「うん、特にこんな町に住んでいる人たちは・・・」
「君だけじゃないよ・・・」

老人「君、こんな詩を知っているかな」



生命(いのち)は
自分自身で完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思えることさも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光りをまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない




吉野弘さんの詩をネットで検索しますと結構沢山の
詩を見つけることが出来ます。
ちゃんと掲載の許可を取って掲載していらっしゃる
方が多いのが目立ちました。これも吉野弘さんの人
柄なんでしょうね。

わたしはなんの許可も取らないままにこうして
厚かましくブログに掲載させて頂いてます。
厚かましついでに「奈々子に」と「雪のように」
と最後に今一番大好きな「自分自身に」を
掲載させてください。



奈々子に

赤い林檎の頬をして
眠っている 奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある。

お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。
苦労は
今は
お前にあげられない。

お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむずかしく
はぐくむにむずかしい
自分を愛する心だ。


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雪のように

ひとは皆、他とは違った生き方を好む。
雪が六角形の枠のなかでさえ
模様の、多少の変化をきそうように。

ひとは皆、同じ生き方をしている。
雪が自分以外の色に超然としているようで
実は、他の意見にやすやすと染まるように。

ひとは皆、同じ生き方をしている。
雪のように
自分に暖かくすることができなくて
自分に冷たく当たる以外、凝縮できなくて。

ひとは皆、同じ生き方をしている。
ただよう雪のように
落下しているのに飛翔していると信じて。




自分自身に

他人を励ますことはできても
自分を励ますことは難しい
だから―――というべきか
しかし―――というべきか
自分がまだひらく花だと
思える間はそう思うがいい
すこしの気恥ずかしさに耐え
すこしの無理をしてでも
淡い賑やかさのなかに
自分を遊ばせておくがいい


「生命は」は下記から、
http://members.jcom.home.ne.jp/nyan-mi/inochi_ha.html

「奈々子に」「雪のように」と「自分自身に」
は下記からの転載です。

吉野弘詩集 - お気に入りの缶詰

↑ここには沢山の吉野弘さんの詩が掲載されていますから
是非ご覧ください。


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コメント
この記事へのコメント
春なのでテンプレートを変えようと思っています。
この色が気に入ったのですが、
今日の言葉のことばがはみ出たり、
使い勝手もいまいちなので別なのにしようと思います。
落ち着くまでいましばらくお待ちください。

「奈々子」がいいですね。

「かちとるにむずかしく
はぐくむにむずかしい
自分を愛する心」

私だけでなく、だれもが自分を受け
入れ愛することに苦労しているんだな
と吉野弘さんの詩を読んでいて思い
ました。


2010/04/13(Tue) 10:13 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
今朝、開いた時と今では、画面がちがうのでびっくりしました。

今朝少しだけ吉野さんの詩を読ませていただいた時、「夕焼け」と「奈々子に」に記憶がありました。

ブログでは二度目の紹介なのかなあ・・・
それとも、どこかで読んだことがあったのかなあ。

お気に入りの缶詰」をみさせていただきました。

「生命は」「奈々子に」が好きでした。

しかし、どの詩も、とてもとてもデリケートで、やまんばのようなマイペースな人間はそのような人の側にいると、知らずに傷つけるのではないかと思い、その場で感動せず、ぬき足、差し足で少し遠くにいって感動いたしました^^



2010/04/12(Mon) 17:48 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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