2010年04月04日 (日) | Edit |
去年の秋(2009年09月25日)にご紹介したアメリカ映画
「ラースと、その彼女」では、極端にシャイな青年ラースが
ビアンカと名づけた等身大のリアルドール(ダッチワイフ)と
愛のレッスンをすることで、本物の女性とデート出来るよう
になるといった、いわば愛のサクセス・ストーリですが、

是枝裕和監督による「空気人形」は同じダッチワイフを題材
にした映画でありながらまったく異質の物語に出来上がって
いました。

宗教学者の正木晃さんの言葉を借りてご説明すれば、

「縄文時代からずっと、日本人の観念のなかには、この世の
森羅万象にみな生命や霊が宿っているとみなすアミニズムと
と呼ばれる発想があって・・・」「ありとあらゆるモノに生
命や霊が宿っているのだから、ちょっとしたきっかけでモノ
が単なるものでなくなって、お化けや妖怪になる。」
(正木晃著「お化けと森の宗教学」より)となります。

まさに、「ちょっとしたきっかけでモノが単なるものでなく
なって」空っぽな空気人形が『心』を持ってしまう物語です。

カンヌ国際映画祭では絶賛されたそうですが、アミニズム的
な捉え方がいまではほとんどなくなった欧米では、かなり異質
な印象だったのではないでしょうか。

秀雄(板尾創路)は、空気人形が意識を持ったことに最初こ
そ驚きますが、すぐにそれを受け入れて普通に会話をするシ
ーンがあります。そのことをさして不思議と感じないのが私
たち日本人なのかもしれないなあと思いました。



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「空気人形」あらすじ:

東京下町、川の近くの古びたアパートに一人で住む秀雄
(板尾創路)は「のぞみ」と名付けた5,980円のラブドール
=空気人形(ペ・ドゥナ)と暮らしていました。
ある日この空気人形が、持ってはいけない「心」を持ってし
まいます。

彼女は秀雄が仕事に出かけるといそいそと身支度を整え、
一人で外へさまよい出ます。メイド服を着て、おぼつかない
足取りで街に出た彼女は、いろいろな人に出会っていきます。

ある日、レンタルビデオ店で働く純一と知り合い、そこでア
ルバイトをすることになります。ひそかに純一に思いを寄せ
る彼女でしたが……。

映画の中ほどで、いつも公園のベンチに一人ポツンと座って
いる老人(高橋昌也)が彼女に話しかけます。

「君、かげろうって虫、知っているかな・・・」
「かげろうはね、親になると一日か二日で死んでしまう。
だから体の中はからっぽで、胃袋も腸もないそうだ。そこに
は卵だけが詰まっている。ただ産んで死ぬだけの生き物だ。
くだらんよ」

「わたしもからっぽなの」

「こりゃ奇遇だね。わたしも同じさ、からっぽだ」

「ほかにもいるのかしら」

「今時はみんなそうだろう」

「みんな?」

「うん、特にこんな町に住んでいる人たちは・・・」
「君だけじゃないよ・・・」
「君、こんな詩を知っているかな」



生命(いのち)は
自分自身で完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする

生命はすべて
そのなかに欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず
知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思えることさも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光りをまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

(生命は 吉野 弘)


このような詩に出会うととてもうれしくなります。

この詩の部分は「空気人形 オリジナル・サウンドトラック
world's end girlfriend」の最後に、映画同様ぺ・ドゥナ
による朗読で収められています。

というわけで久方ぶりの星☆☆☆☆☆です。

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是枝裕和監督最新作 映画『空気人形』 公式サイト

『空気人形』ペ・ドゥナ、是枝裕和監督、板尾創路 単独インタビュー


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コメント
この記事へのコメント
ふーっ
ネタばれ注意!!です。

空気人形は誤って椅子から落ちた時、手が切れて、
そこから体の空気がぬけ出てしまいます。
危いところで大好きな純一に傷口をセロテープでとめ
てもらい、彼の口から体いっぱいに空気をそそぎ入れ
てもらいます。

純一のおかげで命をとりとめることができました。
空気人形は、彼の息で自分の体がいっぱいになった
ことが嬉しくて、嬉しくて、何度も飛び跳ねます。

窓の外に吊るしてある風鈴に一度息を吹きかけただけで
やめてしまいます。純一からもらった大切な空気を大切
にしたかったのですね。

そのあと、空気注ぎのポンプを捨ててしまうのです。
一度死んだ体を、純一が助けてくれた。そそぎ込んで
くれた空気で命びろいをした。彼の空気が無くなる時が
自分の寿命の尽きるときにしたかったのでしょうかねえ。

ゴミ置き場に自分で己の体を横たえて死を待つ。まった
く未練のない、潔い死に方ですよね。その死にざまを見
た拒食症の女の子が思わず「キレイ・・・」とつぶやき
ます。


2010/04/11(Sun) 11:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
空気人形みましたよ。
確かにろくろくさんが抜粋されているところが この映画の一番伝えたいことだったようですね。しかしこの人形は自分に欠かすことが出来ない空気を入れるポンプを自分でゴミ捨て場に捨てた時点で 何かを決意して、残された空気分で生き抜いたのですね。それがとても印象的でした。胸が押しつぶされそうに切なく感じました。みんなで一つ。だから それぞれが不完全でいいんだなあと再認識しました。私もこの世に生きて 二人の子を産み それで完結してよかったのに 残された人生が案外人間は長い場合が多いですね。これから先どれぐらい死ぬまで時間があるのかわかりません。 まあまあその時おもいついたことをやったり 頼まれ事をしたり 突発的なことに巻き込まれたりしながら いちいちピープー反応しないで暮らしてまいりますね。なんとも切ないけど 見事に「人生を生きるとはなんぞや」を現した映画を見せてくださり ありがとうございました。
2010/04/10(Sat) 20:31 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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