2010年03月04日 (木) | Edit |
岸田秀著「ふきよせ雑文集」文芸春秋より(2)

人間は不安に怯え、
緊張する動物である。

なぜかと言えば、
わたしがいつも言っているように、

本能が壊れ、その代用品として
自我というものを築いたからである。

自我は、本能と違って個人の生物学的生命に
何の根拠もないつくりものであり、
絶えざる努力をしつづけていなければ
維持できない。

ちょっと油断すれば、
自我は傷つき、
崩れる危険をつねに孕(はら)んでいる。


岸田秀



自我は、個人の内部に根拠がないのだから、
存立するためには外部に根拠を求めざるを得ない。

自我は他者に支えられてはじめて存立し得る。

他者に愛され、受け容れられ、承認され、
賞賛されることによってはじめて存立し得る。

自分が自分を愛し、受け容れ、承認し、
賞賛できるのも、他者のそのような
支えがあってこそである。

われわれは他者に愛されている自分を
愛するのである。

逆に言えば、他者に愛されていない自分は
愛することはできないのである。

他者の承認なく、
愛すべき自分のイメージをつくりあげ、
自分ひとりでその自分のイメージを愛していれば、
それは精神病者の誇大妄想である。

自分は正しいとの確信があればそれでいいでは
ないかと考えられるかもしれないが、

それは商人が自分の商品に勝手に高い値段を
つけるのと同じである。
それでは客は来ず、商売は成り立たない。

商品が商品となるためには、
それにつけた値段でその商品を買う他者が
少なくとも一人はいなければならない。

そして、どうすれば他者に愛されるか、
正しいと思われるか、評価されるかを
判断する普遍的基準はどこにもない。

われわれは他者の評価に関して
確信をもつことができない。
こうすれば評価されると思って
そうしても評価されるとはかぎらない。


本能に頼って生きることのできない人間は、
したがって、自我を維持するために不自然に
緊張して手探りしていなければならない。

そのための努力の成功を保証する処方箋は
どこにもない。

たとえば異性に愛されようとする場合を
考えてみよう。動物の雄が雌を獲得する
やり方は本能によって決まっている。

そのやり方通りにすればつねに雌が獲得
できるとはかぎらないが、獲得できなければ
獲得できないでそれまでのことであり、

次のチャンスを待つしかなく、
あれこれ迷うことはなく、
次のチャンスにおいても、

今度こそうまくやって
雌をつかまえてやろうと
緊張するわけではない。

やり方は一つしかないのであり、
そのやり方で雌が獲得できなかったとすれば、
それは運に恵まれなかっただけのことで、

当の雄のやり方がまずかったためでも、
努力が足りなかったためでもない。


しかし、人間のある男がある女の愛を得よう
とする場合、その方法は無数にあり、唯一の
正しい口説き方といったものはなく、

したがって、男は自分が選んだ口説き方が
果たしてよかったかどうなのかと絶えず
不安に駆られ、

口説いているあいだ中、これでうまくいくか
どうか絶えず緊張していなければならない。


次回につづく


ふき寄せ雑文集 (文春文庫)ふき寄せ雑文集 (文春文庫)
(1997/05)
岸田 秀

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コメント
この記事へのコメント
静かな語り合い^^^
クリシュナムルティさんや岸田秀さんと、もし、ご一緒に暮らせることがあったら・・・と仮定したら

やまんばはお二人の誕生から今に至るまでの過程を、お話してくださるように頼んで、了承を得た 
ら、静かに相手のペースでお話を聞きたいと希望します。

そうしたら、自分の人生だけではなく豊かに生きてこられたお二人の人生まで経験できるようで、

文字の上では理解できないものを学ばせていただけるのではないかと思うのです。そして、共感

することによって、互いが肩書きのない裸の魂の部分で、一歩でも近づいていけるのではないか

おもうのです。


名画と言われる絵の誕生にも、かならずそうせずにはおれなかった画家の人生の事柄があり、

胸うたれる思いをするからです。
2010/03/07(Sun) 10:25 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
ずーと一緒に暮らすなら
岸田秀さんともクリシュナムルティさんとも
一緒に暮らしたくないですね。

一緒に暮らすのなら、レトリバー種の犬と
共にと言いたいところですが、評価はあてに
ならないとしても誰か他人がいた方がよいと
思います。

2010/03/05(Fri) 19:46 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
他者の評価はあてにならない^^
 人からどう評価されようと、自分が自分を認めてあげたらいいのではないかと思うやまんばは、岸田さん流にいえば、精神病者の誇大妄想になるのかもしれませんね^^^^

しかし、他人からどういわれようと、自分が自分を好きにならないと、生きていけないと思うのですが。

自分が自分を好きにならないと、人を本当に愛することは出来ないのではないかとも思います。


岸田秀さんとクリシュナムルティさんの顔立ちですが、ずーと一緒に暮らすなら岸田さんのほうが目がやさしいので、楽なような気がします^^^^^
クリシュナムルティさんは生活の匂いがしません^^^美しいから眺めていたい方です。
2010/03/05(Fri) 10:22 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
え?このおじさんは誰?
自分のブログを見ていて、え?このおじさんは誰?と一瞬思って
しまいました。「岸田秀」さんだったのですね。岸田秀さんは特
にブ男というわではないのですが、ページを下にスクロールする
と、端正な顔立ちのクリシュナムルティの写真があるのです。

思想が顔立ちにあらわれるのではないかと、チョットだけ思って
しまいました。失礼しました。m(_ _”m)ペコリ
2010/03/04(Thu) 13:23 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
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