2010年01月28日 (木) | Edit |
1人生を癒す(2)

この「余命一年…だとしたら」の本には沢山の瞑想法を
紹介してくれています。瞑想の部分は活字(ロゴ)を変え
てあり、すぐにお分かりになると思いますが、この瞑想
のところをご自分でテープなどに録音して聴かれるのを
お勧めします。

私のテープレコーダはすべてこわれてしまい使い物にな
りません。

そこでこの機会に「ICレコーダ」DIPLY ICR-PS004Mを購入
しました。近くのヤマダ電機で\8,980円で買ったのですが、
ネットのほうが遥かに安くアマゾンだとなんと\7,444でし
た。残念! 詳細は分かりませんがどうやらICレコーダの
人気機種はサンヨーのDIPLYシリーズのようですね。

で、左手に本、右手にICレコーダを持って録音したのです。
一人になれるくつろぎの瞑想タイムとか、夜寝る前とかの
リラックス出来る時に再生するのです。

私はもっぱら寝る前に聴くようにしています。それから夜
中に目が覚めて眠れない時とかにかけるのです。お勧めで
す。


SANYO リニアPCMレコーダー(シルバー) [ICR-PS004M(S)]SANYO リニアPCMレコーダー(シルバー) [ICR-PS004M(S)]
(2009/10/21)
三洋電機

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スティーヴン レヴァイン著「余命一年…だとしたら―
残された時間があと一年、と思って生きてみると」VOICEより


もう一年生きられるとしたら、仕事の状況を変えると多くの人
が言う。もう働かないという人も多少はいるが、ほとんどの人
少なくとも労働時間を減らすか、転職するか、または将来性が
なくても以前から興味があった技術を身につけるという。

高学歴の人で、大工や石工になりたかったという人も少なから
ずいる。家族を養う必要や世間体や国の事情で自分の好きなこ
とをあきらめなければならなかったと多くの人が話す。

こうした自分の気持ちに気付いて、前々からほしかったチェロ
や旋盤、キャンバス立てを買ったり、美術ソフトが搭載されて
いる新しいコンピュータを買ったりした人たちもいる。

また、教会に再び通いだしたり瞑想を実践したりして神秘に目
を向け、自分の中にある不死の部分を徹底的に追求する人たち
も少数ながらいる。

サンフランシスコで歯医者に行った時のことだが、歯科医の友
人が私の歯を治療しながら、今日でちょうど五十歳になったと
教えてくれた。「そんなら、あと十年しかないぞ、本当に生き
るにはな」と、私は麻酔剤を吸い込みながら冗談めかして言っ
た。

彼がスポーツ好きだと知っていたから、バックパッキングや急
流下りなどの激しいスポーツに必要なスタミナや体力があるの
はあと十年くらいかもしれないという可能性をほのめかしたの
だ。・・・彼にとってはどうもぴったりの助言だったらしい。

数ヵ月後、診療時間を週四日に減らし、離婚手続きを完了し、
新しいスキーを買った。週に一日、余分に自分の時間を作った
おかげでどんなに人生が豊かになったかと話す彼はじつに幸せ
そうだ。ここで大切なことは、集四日の診療日に働きすぎない
ようにすることだろう。

家族とのあいだに確執や不満足な人間関係があった人の中には、
死を前にして勇気を出して心を開き、そうした人間関係を癒し
た人たちもいる。その結果は、人間関係の修復だったり、離婚
と新たな出発だったりした。

また、多くの人がそれまでの自分の殻を破って、自分の尊敬す
る人からますますよく思われる人間になる努力をした。しかし、
不治の病の宣告を自分のために最大限に生かした人たちは誰も
が、人間関係に対する考え方そのものを変えたようだ。全員が
人間関係の一大修復作業にいそしんだ。

死を間近にした人たちの多くが、もっとゆったりしたペースで
暮したかったとか、違った環境で生活したかったとか、社会的
地位や財産にあまりこだわらない生き方をすればよかったなど
と言う。

なかには、田舎に引っ越せばよかった、都会に引っ越せばよか
った、自分の家を建てればよかった、古い家を壊せばよかった
などと言う人もいる。

けれどもほとんどの人に共通するのは、生活のペースを落とし
て人生を楽しむゆとりを持ちたかったという願いだ。




次回につづく


余命一年…だとしたら―残された時間があと一年、と思って生きてみると余命一年…だとしたら―残された時間があと一年、と思って生きてみると
(2001/12/01)
スティーヴン レヴァイン

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コメント
この記事へのコメント
122ページの3行目から・・・
確かに難解なところですね。

「チベットの死者の書」についての
スティーブン・レヴァインの捉え方も
今までにない彼独自のものだと思います。
ろくろくは彼の捉え方に賛成ですが・・・

レヴァインは、私たちは今こうして生きて
いる時も現実を見ているのではない、と言
っているのだと思います。死んでからも。

「生きているときも死んでからも、
幽霊や天使のイメージを作り出している」

あえて分かりやすくするために断定して
みますと「幽霊や天使のイメージ」は現実
に存在するのではなくその時の心理状態が
勝手に作り上げた自分の心の中にだけある
幽霊=幻なのだということなのです。

恐れや情欲、罪悪感や怒りは私たちを空想
の世界、ファンタジーへ誘う。だからしっ
かり観察しないと、条件反射的に恐れ~怒
りが起きた時に現実にはない幽霊を見て現
実だと思ってしまう。

というようなことを言っているのだと思い
ます。


2010/01/29(Fri) 15:32 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
余命一年・・・
生活のリズムは普段とあまり変わらないのですが、その時間の過ごし方に変化が出てきました。

それは集中の仕方です。

絵に向かう時ももちろんそうですが、対人関係が特に変化しています。

人と直接接しているときも、電話やメールの時も、一切ほかのことは忘れて、それに集中するように心がけるようになりました。

やまんばは自己本位なことが多いらしく、友人からも「私が死んでいても貴女は気が付かないよ。だいぶん経って気が付き、びっくりして、さめざめと泣くんじゃない?」
そう言われることもありました。うう~ん、なきにしもあらずです。

しかし、余命一年といわれたら、そうはいきません。

たくさんの人にお世話になり、可愛がられ、ここまで成長??させていただいたのですから、
やまんばは、今度は出会う相手をしっかりとやまんばなりに受け止めて、自分をニュートラルな状態にして、相手を感じとり心から交わりたいと希望しています。
よく知っていると思う相手でも、毎日、毎瞬、生まれ変わっているのだから、いままでの思い込みをみんな捨てて、いつも、初めてお目にかかる人のように接していきたいと心から希望しています。
まだ期間は短いのですが、同じ相手でも、知らなかった、気づかなかった面が出てきて、大変新鮮に感じています^^^^。

ところで、今回の瞑想の仕方の紹介。ろくろくさんを、想像して、とても楽しかったです^^^
夜中にご自分の録音した声に導かれて、心の旅をしていく。
まだ意識化されていない未知なる自分との出会いがたくさんあるといいですね^^^。

やまんばは昨夜から、余命・・・の本の122ページの3行目から、つまずいています。
大きなブロックの障害が立ちはだかっているようで、前に進めないでおります^^^。







2010/01/29(Fri) 07:51 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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