2009年12月24日 (木) | Edit |
今年(2009)は裁判員制度が始まった年でした。

日本独自の制度のため、法務省は英文でも
saiban-in systemとしているが、英語文献では
専らcitizen judge systemと訳されているという。

lay judge system(直訳すれば「素人判事制度」)
と意訳されるものもあるのだそうです。(Wikipedia)

「素人判事制度」という言い方はとても分かりやすく
ていいと思いますけど・・・


選挙人名簿に登録されている者の中から、毎年9月1日
までに、「くじ」により裁判員候補者の予定者を選定
するといいますから、二十歳を過ぎた日本人であれば
誰が選ばれるかわからないわけです。

まったく見ず知らずの人を裁くことに抵抗がある人が
少なくないようですね。もっとも、知っている人を裁
くようなことになるのであれば、その抵抗ももっとも
っと大きいことになるでしょうね。

イエス・キリストも「人を裁くことなかれ」といって
います。


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(2008/08/29)
平野 哲郎

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「人を裁くこと勿れ。しからば汝等も裁かれざらん。
汝等人を裁くごとく、己れも裁かるべければなり」

これは「新約聖書」マタイによる福音書7章1節~の
冒頭部分に出てくる有名な言葉です。



人を裁いてはいけんよ。さすれば裁かれるようなこと
にならんじゃろうからのう。

あんたらが人を裁いちょるように、あんたらも裁かれ
ることになるでがんす。(何処の方言じゃぁ~(-。-;)


私も「人を裁くようなことをしていると、人に裁かれる
ような目に合うぞ」という意味に取っていました。もちろ
んその意味でも間違いはないのですが、そこにはもっと深
い意味があったのです。

私が、いま愛して止まない米国の作家にスティーヴン・レ
ヴァインという人がいます。彼はその著書「余命一年・・
・だとしたら」のなかで次のように語っています。

「キリストが人を裁くなかれと言った時、批判精神が自分
自身を切り刻むのも防止しようとしたのだ。強大な裁く心
がいったん動き出すと誰にも止められなくなって、本人も
その車にひかれて殺されるのをキリストは知っていた。」

人を裁く心に一旦火がつくと、もう誰にも消せなくなる。
火をつけた人をも焼き殺してしまう・・・

他人を重箱の端をほじくり返すように批判ばかりしていると、
その批判精神が自分自身の心身を切り刻むように蝕んでしま
いますよ。と言うのである。



※今回の記事は「裁判員制度」について特に批判している
ものではありません。私が裁判員候補者に選ばれた場合は
参加させて頂こうと思っています。



余命一年…だとしたら―残された時間があと一年、と思って生きてみると余命一年…だとしたら―残された時間があと一年、と思って生きてみると
(2001/12/01)
スティーヴン レヴァイン

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コメント
この記事へのコメント
裁く心に火がつくと
阿頼耶識(潜在意識)には人称がない
と言われていますから、
一旦裁く心に火がつくと自他の区別なく
傷つけてしまうのですね。
ホントに恐ろしいことです。

このことは怒りにも言えることですね。
怒りで五臓六腑が煮えくり返るという
表現がありますが、

人を叱ったあとは、食欲が止まります
ものね。

2009/12/27(Sun) 20:09 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
No title
 
「人を裁く心に一旦火がつくと、もう誰にも消せなくなる。火をつけた人をも焼き殺してしまう・・・・・・」
恐ろしい言葉ですね~~~~。しかし真実味を帯びていますね。なんだか背筋が寒くなりました。

絶句。



2009/12/25(Fri) 18:02 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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