2009年12月12日 (土) | Edit |
もう17年も前のことになります。
牧師さんとその家族の方たちのグループと
イスラエル旅行にご一緒させて頂いたこと
がありました。

ガリラヤ湖畔の町カファルナウム(カペナウム)
の背後にある小高い丘の上に、それはそれは美
しい丘がありまして、そこに山上の垂訓教会が
建っていました。

イエス・キリストがこの山上で弟子たちと群集
に語った教えは「山上の垂訓」と言われていま
す。(新約聖書内マタイによる福音書第五章か
ら七章にある)

教えの最も有名な部分は「幸福の説教」と呼ば
れ、私のようにキリスト教徒でない者でも下記
の言葉は度々耳にしたことがあります。

「心の貧しき者は福(さいはひ)なり 天國
(てんごく)は彼等(かれら)のものなればなり」


山上の垂訓01

しばしば耳にする言葉であるにもかかわらず、
その意味がなかなか理解できない、ということ
は多くの人に言えることではないでしょうか?

聖書の翻訳では「心の貧しき者は福(さいはひ)なり」
のところだけでも実に多くの訳があります。

口語訳:「こころの貧しい人たちは、さいわいである。…」
新改訳:「心の貧しい者は幸いです。…」
文語訳:「幸福(さいわい)なるかな、心の貧しき者。…」
新共同訳:「心の貧しい人は幸いです。…」
フランシスコ:「自分の貧しさを知る人は幸いである、…」

回復訳:「霊の中で貧しい人たちは幸いである.…」
欽定訳:「霊の貧しい者たちは祝福されている。…」
英語訳:「自分が霊的に貧しいことを知っている人たちは幸いです。…」
新世界訳:「自分の霊的な必要を自覚している人たちは幸いです。…」

「霊的に飢えている人は幸福である」という意味なのでしょうか。


さて、今回エックハルト・トールが「ニュー・アース」の中で語って
いるところの説明が、わたしには一番分かり易かったです。


「心が貧しい」とはどういうことか? 
心に何の持ち物もない、何にも自分を同一化していない、
ということだ。そういう人は、どんなモノにも、また自己
意識と関係するどんな概念にも、アイデンティティを求め
ていない。

それでは「天の御国」とは何か?
それはシンプルな、しかし深い「大いなる存在」の喜びの
ことだ。その喜びは、何かに自分を同一化するのをやめて、
「心の貧しき者」になったときに感じることができる。


どんなモノにも自分を同一化しない人は幸福である
「大いなる存在」の喜びは、その人と共にあるのだから


ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-
(2008/10/17)
エックハルト・トール

商品詳細を見る



スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
in Christさん
コメントありがとうございます。
いま、なにが問題となっているのかを
確認しておきたいと思います。

「山上の垂訓」で有名なイエス・キリストの言葉に

「心の貧しき者は福(さいはひ)なり 天國
(てんごく)は彼等(かれら)のものなればなり」

というのがあるのはどなたも御存じのことだろうと
思います。

新改訳だと
「心の貧しい者は幸いです。
天の御国はその人のものだからです」

in Christさんは原文の意味を反映しているのは
回復訳であると仰っていますが、同じ回復訳でも

ルカでは
「貧しい人たちは幸いである。
神の王国はあなたがたのものだからである」

マタイでは
「霊の中で貧しい人たちは幸いである。
天の王国は彼らのものだからである」

となるのですね。

改めて読んでみましても、よく分からないのが
「貧しい人たち」の「貧しい」の意味です。

「貧しい」というのは経済的に、あるいは物質的
にゆとりがないことを意味しますから、
「心の貧しい人」というのは「心のゆとりのない
人」ということになりますね。

しかし現代人の我々が想像すよりもはるかにその
当時の貧しさには厳しいものであったとすれば、
今日、明日生きて行くこともできないほどの貧しさ
のことを言っているのであれば、「心が自己破産し
た人」というほうがよいかもしれません。

「心の貧しい人」とは、心のよりどころとしている
人が突然亡くなってこの世に絶望している人という
ことなのかもしれません。

ろくろく超訳ですと
「人生に絶望している人は、実に幸せ者ですぞ~」
となります。

親鸞さんの言葉でしたか「地獄の底に極楽がある」
というのがありましたよね。その言葉を拝借して

「人生の地獄の底にいる人は実に幸せ者ですぞ~
極楽はまさにその人のものなんですから」


in Christさんとは違って、ろくろくは意訳大好き
というか、言葉はどんどん変化して行くものだと考
えています。より分かりやすくなるのは大歓迎です。

in Christさん、どうぞ小学低学年にも分かるような
言葉にしてください。お願いします。


2010/03/31(Wed) 13:22 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
霊と魂と心の違いについて
コメントのご返事ありがとうございました。

最近、種々の日本語訳聖書に、原文の意味を反映していない意訳箇所が多くあることを発見して愕然とさせられております。それに気づいたきっかけは、回復訳聖書を読み始めて、その訳が他の日本語訳聖書と違うと思い、ギリシャ語原文を少しずつ確認しつつ読むようになったことです。

Online Parallel Bible(http://bible.cc/)というサイトをこの頃見つけて、とても重宝しています。ギリシャ語の原文が分かりやすく英語と対比してあるので、各種の日本語訳聖書と読み比べています。最近は主に口語訳、新改訳などをチェックするために読んでいるのですが、意訳箇所が多いことに驚かされています。ずいぶん前から回復訳聖書は読んでいたのですが、最近、オンラインで回復訳聖書が読めるようになったこともあり、回復訳もこまめにチェックしています。オンライン聖書のうたい文句にあるように、回復訳は、口語訳、新改訳より意訳箇所が少なく、原文に沿った訳をしていることが分かりました。まあ、原文に近いと言うよりかは、直訳的という表現があっているのかな?とも思わせられていますが、それでも、変な意訳がされているよりも、はるかにましに思えました。回復訳聖書は解説が付いているので、直訳的な日本語でも解説を読みつつゆっくり読んでいけば、聖書の言う真意が少しずつ開けていく感じがしています。

マタイ5:3も最近、意訳が気になっていた箇所でした。Iテサロニケ5:23は、人には霊と魂と体があると明確に述べられています。また、ヘブル 4:12は「なぜなら、神の言は生きていて活動しており、どんなもろ刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄を切り離すまでに刺し通して、心の思いと意図を識別することができるからです(回復訳)」と言います。これらの節からも、霊と魂と心というものがそれぞれ違ったものであると聖書は述べていると知りました。

では、霊とは何か、魂とは何か、心とは何かという疑問に行き当たるわけですが、回復訳聖書のヘブル4:12の解説を読んでみると、以下の様なことが書かれていました。

『わたしたちの霊は、わたしたちが神に触れる器官です(ヨハネ4:24)。わたしたちの心は、神を愛する器官です(マルコ12:30)。わたしたちの霊は、神に触れ、神を受け入れ、神を内容とし、神を経験する器官です。しかし、これには、まず神を愛する心が必要です。魂には三つの部分―思い、意志、感情があります。霊にも三つの部分―良心、交わり、直覚があります。心は魂と霊と別のものではなく、魂のすべての部分と、霊の一部である良心から成っています。ですから、わたしたちの心には思いと思考、意志と意図があるのです。思考は意図に影響を及ぼし、意図は思考を遂行します。神の生ける言葉は、思いの中の思考と、意志の中の意図を識別することができます。著者によって前の節で神の言葉から引用されたものは、ヘブル人信者たちが彼らの救いの過程で漂い去っていた時に、彼らの思考と意図が何であり、どこにあるかを暴露することができました。』
http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=58_4_12_0_3

まあ、これらの解説を聖書の根拠もなく鵜呑みにするのも良くないと思いましたので、この解説の著者の本で「神の永遠の御計画」という本を読んでみました。(この本はアマゾンで購入できるのですが、リンクが長くなるので、下のURLにリンクさせようとしましたが、アドレスが長すぎてダメでした。アマゾンのアドレスをリンクさせますから、アマゾンで「神の永遠の御計画」と検索してみてください。)この本の第6章「内なる隠された諸部分」の記述の中にその聖書の根拠が見事に解説されていました。ちょっと驚かされました。オンラインで文章を紹介できないのが残念です。

「経綸」という言葉についてはこの「神の永遠の御計画」という本にも書かれていたのですが、説明すると長くなるので、また後日ということで今日の所はこれで許してください。長文になりました。重ねてお詫びします。
2010/03/27(Sat) 13:28 | URL  | in Christ #HE3Kz1Yk[ 編集]
in Christさん
はじめまして。
ご丁寧なコメント有難うございます。
残念なことに、ギリシャ語原文のところは文字化け
しており殆ど見ることができません。

in Christさんの、URLをクリックすると
「オンライン聖書 回復訳へようこそ」
http://www.recoveryversion.jp/
に繋がりましたので、回復訳新約聖書を広めようと
なさっている方なのでしょうか?

in Christさんのコメントを繰り返し読ませて頂きま
したが、その内容を理解できないでいます。

「霊の中で貧しい人たちは幸いである。天の王国は
彼らのものだからである」

の解説のでは、
「霊の中で貧しいとは、へりくだっているだけでなく、わたしたちの霊の中で、わたしたちの深い所で空にされており、旧経綸の古いものにしがみつかず、新しい事柄、天の王国の事柄を受け入れるために荷が下ろされていることです」

とありますが、なんことやらいよいよ分かりません。
霊の中の「霊」とは霊魂の霊と同じ意味なのでしょう
か? だとしたら私たちの霊魂の中とはどういうこと
なのでしょう。

また、「わたしたちの深い所で空にされており」の
「空にされる」とはどういう意味なのでしょう。
「旧経綸の古いもの」ということも理解できません。

「天の王国の事柄を受け入れるために荷が下ろされて
いる」というくだりも、分からないです。

というようにかえってますます理解できなくなって
しまうのです。せっかくコメント頂きましたのに
かえって混乱してしまいました。

大変申し訳ないことであります。

2010/03/25(Thu) 18:39 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
霊の中で貧しい人たちは幸いである
マタイ5:3のギリシャ語原文は、
Μακάριοι οἱ πτωχοὶ τῷ πνεύματι ὅτι αὐτῶν ἐστιν ἡ βασιλεία τῶν οὐρανῶν.

そしてここの「πνεύματι」は、「spirit」ですから、「心」ではなく「霊」が適切ですね。

多くの英語訳でもここの「πνεύματι」を「spirit」としており、また、この「spirit」を「神の霊」を意味する定冠詞付きの大文字の「the Spirit」とせず、冠詞無しの小文字の「spirit」すなわち、「人の霊」であるとしていますね。また、多くの英語訳は「the poor in spirit」とし、定冠詞付きの「the poor」すなわち、単に「貧しい」と訳すのではなく、ひとかたまりの人を指して「貧民、困窮者、貧困層、貧しい人たち」と言う意味に訳していますから、日本語にすると「(人の)霊の中で貧しい人たち」という訳が適切であると判断されます。これに従うと、上の日本語訳で言うと回復訳聖書の訳が最も合っていると思います。

個人的には私は回復訳に付いている解説が気に入っています。マタイ5:3「貧しい」の解説は、

『霊の中で貧しいとは、へりくだっているだけでなく、わたしたちの霊の中で、わたしたちの深い所で空にされており、旧経綸の古いものにしがみつかず、新しい事柄、天の王国の事柄を受け入れるために荷が下ろされていることです。』
http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=40_5_3_0_2

と言っています。私たちはついつい旧経綸の古い表面的で、物質的で、律法的なものにしがみついてしまいがちですが、わたしたちの深い所で空にされて、新しい天の王国の事柄を受け入れられれば何と幸いでしょうか。

マタイ11:28 すべて労苦し重荷を負っている者は、わたしに来なさい.そうすれば、わたしはあなたがたに安息を与える。

今日も愛するイエス様に行き、重荷をおろし、安息に入りたいと願わされました。
http://recoveryversion.jp/FunShow011.php?B=40_11_28_0_1


マタイ5:3の英語訳
New International Version (©1984)
"Blessed are the poor in spirit, for theirs is the kingdom of heaven.

New American Standard Bible (©1995)
"Blessed are the poor in spirit, for theirs is the kingdom of heaven.

International Standard Version (©2008)
"How blessed are those who are destitute in spirit, because the kingdom of heaven belongs to them!

King James Bible
Blessed are the poor in spirit: for theirs is the kingdom of heaven.

American King James Version
Blessed are the poor in spirit: for theirs is the kingdom of heaven.

American Standard Version
Blessed are the poor in spirit: for theirs is the kingdom of heaven.

Bible in Basic English
Happy are the poor in spirit: for the kingdom of heaven is theirs.

Douay-Rheims Bible
Blessed are the poor in spirit: for theirs is the kingdom of heaven.

Darby Bible Translation
Blessed are the poor in spirit, for theirs is the kingdom of the heavens.

English Revised Version
Blessed are the poor in spirit: for theirs is the kingdom of heaven.

Webster's Bible Translation
Blessed are the poor in spirit: for theirs is the kingdom of heaven.

Weymouth New Testament
"Blessed are the poor in spirit, for to them belongs the Kingdom of the Heavens.

World English Bible
"Blessed are the poor in spirit, for theirs is the Kingdom of Heaven.

Young's Literal Translation
'Happy the poor in spirit -- because theirs is the reign of the heavens.

English Standard Version (©2001)
“Blessed are the poor in spirit, for theirs is the kingdom of heaven.

2010/03/24(Wed) 12:31 | URL  | in Christ #HE3Kz1Yk[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2009/12/15(Tue) 08:07 |   |  #[ 編集]
おはようございます。
昨日も雨。今朝も空はどんよりとした雲に覆われています。

「心の貧しい人は幸いである」

ろくろくさんの紹介と説明は私にはかなりわかりやすかったです^^

・・・・*「大いなる存在」の喜びはその人と共にあるのだから*・・・うれしい限りです。

年末に向かい体は忙しくなるけど、心まで見失うことがないよう、ときどき自分の内側を観察しながら、ゆっくりと呼吸していきたいと思います。

ありがとうございます。



2009/12/12(Sat) 06:55 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック