2009年12月01日 (火) | Edit |
エックハルト・トール(著) 吉田利子(訳) 『ニュー・アース』
サンマーク出版より


(前回のあらすじ)

エックハルト・トールさんはカウンセラーとして、
ある末期がんの患者のもとへ通っていたことがあります。
その女性は四十代の教員で、医師から余命数か月と宣告
されていました。

ある日訪ねてみると、ダイヤの指輪がなくなったという。
とても思い出深い品だった。彼女はそれをホームヘルパー
の女性が盗んだに相違ないと考えた。

エックハルト・トールは、指輪であれなんであれ、いま
(余命数か月)のあなたにとってどれほど重要なのかを考え
てみてはどうかと助言した。

彼女は怒りに震えながら言い返した。「あれは祖母からも
らったとても大切な指輪でした。騒ぎ立てるのも当然じゃ
ないですか?」

トールは、「あなたは近いうちに指輪を手放さなくてはな
らないことに気づいていますか? それを手放す用意がで
きるまで、あとどれほどの時間が必要でしょう? 手放し
たら、あなたが小さくなりますか?それがなくなったら、
あなたは損なわれますか?」と尋ねます。

彼女は「私は損なわれるだろうか?」と自問します。
するとふいに「わたしは在る」と感じることができたと答
えます。私はまったく損なわれていないはず。穏やかだけ
れど、とても生き生きとした自分を感じられます、と。

「それが『大いなる存在』の喜びですよ」と
エックハルト・トールは言った。


ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-
(2008/10/17)
エックハルト・トール

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(ここから本文)

「頭から抜け出したときに、初めてそれを感じられるんです。
それは感じるしかない。考えたってわかりません。エゴはそれ
を知らない。だってエゴは思考でできていますからね。

その指輪は実は思考としてあなたの頭のなかにあり、それをあ
なたは自分と混同していたんですよ。あなたは自分あるいはそ
の一部が指輪の中にあると考えていた。

エゴが求め執着するのは、エゴが感じることができない
『大いなる存在』の代用品です。

モノを評価して大切にするのはいいが、それに執着を感じたら、
それはエゴだと気づかなくてはいけません。

それにほんとうはモノにではなく、モノにこめられた『私(I)』
『私の(my)』『私のもの(mine)』という思考に執着しているの
です。

喪失を完全に受け入れたとき、あなたはエゴを乗り越え、あなた
という存在が『私は在る』ということが、つまり意識そのものが
現れるのです」。

彼女は言った。「いまようやく、これまでどうしてもわからなか
った『下着を取ろうとする者がいたら、上着も与えなさい』とい
うイエスの言葉の意味が理解できました」。

「その通りです」。私は答えた。「その言葉は、決してドアに鍵
をかけるな、という意味じゃありません。ときにはモノを手放す
ほうが、守ったりしがみついたりするよりもはるかに力強い行い
だ、という意味なんですよ」。

身体がますます衰弱していった最後の数週間、彼女はまるで光が
内側から輝き出しているように明るかった。いろんな人にたくさ
んのモノを分け与えたが、そのなかには指輪を盗んだと疑った女
性も入っていた。そして与えるたびに、彼女の喜びはますます深
くなった。

彼女の死を知らせてきた母親は、亡くなったあとで例の指輪がバ
スルームの薬品戸棚で見つかったと言った。手伝いの女性が指輪
を返したのか、それともずっとそこに置き忘れていたのか?

それは誰にもわからない。だがわかっていることが一つある。
人生は意識の進化に最も役立つ経験を与える、ということだ。

いまの経験が自分に必要だとどうしてわかるのか?
それは現にこの瞬間に体験しているからだ。

自分の所有物に誇りをもったり、自分より豊かな人をうらやんだり
するのは間違っているのか?そんなことはない。誇りや目立ちたい
という思いや、「もっと多く」によって自己意識が強化され、「よ
り少なく」によって自分が小さくなると感じるのは、善でも悪でも
ない。エゴだというだけである。

エゴは悪ではない。ただの無意識だ。自分のなかのエゴを観察する
とき、エゴの克服が始まる。エゴをあまり深刻に受け取らないほう
がいい。

自分のなかにエゴの行動を発見したら、微笑もう。ときには声を出
して笑ってもいい。人間はどうしてこんなものに、これほど長くだ
まされ、囚われていたのか?

何よりも、エゴは個人ではないことに気づくべきだ。エゴはあなた
ではない。エゴを自分個人の問題だと考えるならば、それもまたエ
ゴなのだ。


さとりをひらくと人生はシンプルで楽になるさとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
(2002/06)
エックハルト・トールEckhart Tolle

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コメント
この記事へのコメント
エゴは無意識だ!
「エゴは悪ではない。ただの無意識だ」

エゴが無意識ということであれば、
無意識には善悪がありませんから当然
エゴは善でも悪でもなくなります。

また、エックハルト・トールは「エゴを
あまり深刻に受け取らないほうがいい」
とも仰っています。やまんばさんよかっ
たですね。

まあ、現代人の殆どの人がエゴを中心に
生活しているわけですから、深刻に受け
取り過ぎたら落ち込んでしまいますから
ね。

さて、トールは「エゴは個人ではない
ことに気づくべきだ」と言います。
これはどういう意味なのでしょうか?

エゴは集合的無意識だったり、民族的
無意識だったりするのかもしれません。

たとえば国家間の争いは、それぞれの
国の民族的無意識の戦いなのかもしれ
ません。

エックハルト・トールの言葉はほんと
にステキですね。私の気に入った言葉
を下にいくつか・・・・・

「ときにはモノを手放すほうが、
守ったりしがみついたりするよりも
はるかに力強い行いだ」

「いまの経験が自分に必要だとどうして
わかるのか? それは現にこの瞬間に体
験しているからだ」

「自分のなかのエゴを観察するとき、
エゴの克服が始まる。エゴをあまり深刻
に受け取らないほうがいい」

「何よりも、エゴは個人ではないことに
気づくべきだ。エゴはあなたではない。
エゴを自分個人の問題だと考えるならば、
それもまたエゴなのだ」


2009/12/01(Tue) 19:07 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
感動しました。
やまんばはついエゴは悪であるととらえがちでした。
「エゴは悪ではない。ただの無意識なのだ」
・・・・・・・・大変慰められました・・・・・・・・

エゴが求め執着するのは、エゴが感じることができない「大いなる存在」の代用品です。


それは本当はモノにではなく、モノに込められた「私・私の・私のもの」という思考に執着しているのです。

感動して涙が出てきました・・・
来た道を振り返ってみて、次の言葉にも深く納得いたしました。

「人生は意識の進化に最も役立つ経験を与える」

今はこれ以上何も申し上げることはありません。
いただいた言葉を静かに噛みしめてみたいと思います。

2009/12/01(Tue) 14:15 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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