2009年11月25日 (水) | Edit |
今年(2009)の3月にご紹介しました、
エックハルト・トール著『ニュー・アース』を
みなさんお読みになりましたか?

かくいう私は昨日やっと読み終えたところであります。
335頁に及ぶ、分厚い本であるとともに出だしはなかな
かとっつきにくい本でありました。

しかし、第二章の「なくなった指輪」あたりから
すらすらと読み進むことができ、気がついたら読み終え
ていたのであります。

エックハルト・トールの前著『さとりをひらくと人生は
シンプルで楽になる』をふまえて展開される本書は、著
者の「いまに在る」という考え方をさらに発展させ、人
類の究極の幸福について語られています。

この『ニュー・アース』に出合われたことで人生が大きく
好転された方は少なくないと思いますね。しかし、高邁な
宗教書などに比べればはるかに分かりやすい本だとはいう
もののその内容は、非常に深い「さとりの境地」について
触れられてもいるのですから、難解だと感じる方がいらっ
しゃっても無理もないことだと思います。

こうしたいわばDeepな本が全米では530万部も売れて
大ベストセラーになっているというのですからアメリカっ
てすごい国だと思いませんか。


そこで今回は『ニュー・アース』を読んでいただく足がか
りになればと思い、第二章の「なくなった指輪」の一部分
を以下に抜き書きさせていただこうと思います。というの
は、この中にエックハルト・トールが伝えようとしている
重要な部分が含まれていると考えるからです。

ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-
(2008/10/17)
エックハルト・トール

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なくなった指輪(前)
エックハルト・トール(著) 吉田利子(訳) 『ニュー・アース』
サンマーク出版より


スピリチュアルな問題について指導するカウンセラーとして、
ある女性ガン患者のもとへ週に二度ずつ通っていたことがある。
その女性は四十代の教員で、医師から余命数か月と宣告されて
いた。

訪ねていって数語交わすこともあれば、黙ってただ一緒に座っ
ていることもあった。そのとき彼女は初めて自分のなかにある、
忙しい教師時代には存在すら知らなかった静謐さを垣間見たの
であった。

ところがある日訪ねてみると、彼女はひどくがっかりし、怒っ
ていた。「何があったのですか?」と尋ねたところ、ダイヤの
指輪がなくなったという。金銭的な価値もさることながら、と
ても思い出深い品だった。

きっと毎日数時間、世話をしにくる女性が盗んだに相違ない。
病人に対してよくもそんな無神経なひどいことができるものだ、
と彼女は言った。そしてその女性を問いただすべきか、それと
もすぐに警察に通報したほうがいいか、と私の意見を求めた。

どうすべきか指図はできないと答えたが、しかし指輪であれど
んな品物であれ、いまのあなたにとってどれほど重要なのかを
考えてみてはどうか、と私は助言した。

「あなたにはおわかりにならない」と彼女は言い返した。
「あれは祖母からもらった指輪でした。毎日はめていたのだけ
れど、病気になって手がむくんではめられなくなったんです。
あれはただの指輪じゃない。騒ぎ立てるのも当然じゃないです
か、そうでしょう?」。

その返事の勢いや声にこもる怒りと自己防衛の響きは、彼女が
まだ充分に「いまに在る」心境になれず、起こった出来事と自
分の反応を切り離して別々に観察するに至っていないことを示
していた。怒りと自己防衛は、まだ彼女を通じてエゴが発言し
ているしるしだった。

私は言った。「それじゃ、いくつか質問をします。すぐに答え
ないでいいですから、自分のなかに答えが見つかるかどうか探
してみてください。質問ごとに、少し間をあけますからね。答
えが浮かんでも必ずしも言葉にしなくてもいいんですよ」。ど
うぞ、聞いてください。と彼女に言った。

「あなたはいずれ、それもたぶん近いうちに指輪を手放さなく
てはならないことに気づいていますか? それを手放す用意が
できるまで、あとどれほどの時間が必要でしょう? 手放した
ら、自分が小さくなりますか?それがなくなったら、あなたは
損なわれますか?」。最後の質問のあと、しばらく沈黙があっ
た。

再び話し始めたとき、彼女の顔には安らかな笑みが浮かんでい
た。「最後の質問で、とても大切なことに気づきました。自分
の心に答えを聞いてみたら、こういう答えが返ってきたんです。
「そりゃ、もちろん損なわれるわ」。

それからもう一度、問い返してみました。「私は損なわれるだ
ろうか?」。今度は考えて答えを出すのではなく、感じてみよ
うとしました。そうしたらふいに、「わたしは在る」と感じる
ことができたのです。

こんなふうに感じたのは初めてだわ。こんなに強く自分を感じ
られるなら、私はまったく損なわれていないはず。いまでもそ
れを感じられる。穏やかだけれど、とても生き生きとした自分
を感じられます」。

「それが『大いなる存在』の喜びですよ」と私は言った。


次回に続く




コメント
この記事へのコメント
やまんばさんお久しぶりです。
お元気でなりよりです。

霊的な教え(3)
この探求はすべての人に適しているのでしょうか?
この道はただ機の熟した人々のみ適している。

自分は適している?いない?それを見極めるのは
むつかしい・・・ことだとは思いますが、

このようにブログなどを通してラマナの教えに触れ
るご縁があるという事は、私たちも後一歩で機の熟
した人々の内に仲間入りできるところまで来ている
のかもしれません。


自己実現とは、ただその人自身の本性を実現すること。
本性とは何をいうのだろうか?

「自己実現とは、ただその人自身の本性を
実現することなのだから、

解脱を求める人は、一過性のものと永遠
のものをはっきり見分けることによって、

またけっして自身の本来の姿から逃げ出さ
ないことによって、疑う余地なく例外なく、
自分の本性を実現できる。」


一過性のものというのは、われわれのこの
思考や肉体のことを言っているのだ思います。

永遠のものというのは、無位の真人、根源的
生命のことを言っているのだ思います。


「赤肉団上に一無位の真人あり。
常に汝ら諸人の面門より出入す。
未だ証拠せざるものは看よ!看よ!。」

「この生身の肉体上に、何の位もない大自由
大自在の人、すなわち「真人」がいる。

いつでもどこでも、お前たちの眼や耳や鼻な
どの全感覚器官を出たり入ったりしている。

まだこの真人がわからないものは、
はっきり見届けよ!!」


自分のありのままを受け入れ、観察しつくす
ことによって自己実現ができる。ということ
なのではないでしょうか。


夫婦善哉の、弱くて情けなくてだらしない男
っていうのは私(ろくろく)のことを言ってい
るとしか思えません。


なくなった指輪に「自己観察のヒント」がでて
いました。というのはとても重要なポイントを
捕らえておられると思いました。





2009/11/26(Thu) 19:06 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
お久しぶりです。
今、留守した間のブログを見させていただきました。
たくさんの意味深い言葉が掲載されていたのですね。

少しですが感想を書いてみます。

霊的な教え(3)
この探求はすべての人に適しているのでしょうか?
   この道はただ機の熟した人々のみ適している。
   (自分は適している?いない?それを見極めるのはむつかしいことですね)
    
   自己実現とは、ただその人自身の本性を実現すること。(本性とは何をいうのだろうか?)

夫婦善哉 
   相手役は淡島千景さんだったのですか。弱くて情けなくてだらしない男ってどんな人のことをいうのでしょうか^^チャンスをみつけて見てみましょう^^。

スーザン・ボイルさん
  夢やぶれて・・・以前紹介の方とは別人のようです。いつか耳にすることもあることでしょう。しかし、この頭、「以前」を覚えているでしょうか????

なくなった指輪
  自己観察のヒントがでていました。
  ・・・・起こった出来事と自分の反応を切り離して別々に観察するにいたっていない・・・・
  怒りと自己防衛はまだ彼女を通じてエゴが発言しているしるしだった・・・・・・
  
  ・・・・今度は考えて答えを出すのではなく、感じてみようとしました。そうしたら・・・・・  

とても導きが的確だと感心しました。また、今後の自己観察のヒントにもなりました。


以上です。それではみなさん、おやすみなさいませ。
2009/11/25(Wed) 21:07 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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