2009年09月05日 (土) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(5)


16 自己(アートマン)の本性は何でしょうか?

真理の内に存在するものは自己のみである。

世界や個々人の人格、そして神は、真珠母貝の
銀色の輝きのように、自己の内に現れるものである。
これら三つは、同時に現れ同時に消えてゆく
自己は「私」という想いが絶対にないところにあるものである。
それは「沈黙」と呼ばれている。

自己そのものが世界であり、自己そのものが「私」であり、
自己そのものが神である。すべてはシヴァであり、自己である。


Ramana Maharshi. Sein LebenRamana Maharshi. Sein Leben
(2003/09)
Gabriele Ebert

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17 すべては神のなせるわざではないのでしょうか?

欲望も決意も努力もなしに太陽は昇る。
太陽に照らされて日長石は火を発し、
蓮の花は開き、水分は蒸発してゆく。

人々はおのおのそのなすべき仕事をし終わったのちに休む。
磁力が存在することによって磁石の針が動くように、

個々人が三つの宇宙的機能(宇宙は創造神ブラフマーによって
創り出され、維持神ヴィシュヌによって維持され、破壊神シバァ
によって、破壊される)や

五つの聖務(①ヴェーダの学習、②水と食物を祖霊に献げる、
③ホーマーの火を神々に献げる、④すべての生き物に食物を
与える、⑤来客をもてなす、の五大供養)に支配され、

それぞれのカルマに従って行為し、そののちに休むことが
できるのは、すべてただ神が存在するという美徳によるもので
ある。神は意志を持たず、いかなるカルマも神に力を及ぼす
ことはできない。

それは、世間の行為が太陽に影響力をもたないのと同じであり、
エーテルという実体に、他の四要素が損得勘定を及ぼすことが
できないのと同じである。


18 帰依者の中では、どのような人が最上でしょうか?

自分自身を神である自己(アートマン)にゆだねきった者が、
最も優れた帰依者である。

自分を神にゆだねるとは、自己という想いの他にはいかなる
想いが起こることも許さず、ひたすら自己のうちにとどまって
いることである。

どんな重荷がかかろうとも、神はそれに耐える。
神の至高の力がすべてのものごとを動かしてゆくのに、
われわれはなぜその力に身をまかせないのだろうか。

なぜわれわれは、何をどうすべきかと思い悩み、
何をどうすべきでないかを思い悩むのだろうか。

われわれは、汽車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。
汽車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要
がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。




次回につづく

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コメント
この記事へのコメント
ROVE LETTER
ではなくて、LOVE LETTER (ラヴレター)ですよね。

アメリ、気に入って頂いてよかったです。私も大好きです。

アンジェラ(ANGELA)は、「ANGEL-A」「エンジェルーA」の
ことなんですね。

LOVE LETTER (ラヴレター)は、LOVE LETTERを送られて
くるまで、その意味が分からなかったです。

2009/09/06(Sun) 20:38 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
映画っていいですねえ~~~
岩井 俊二監督のROVE LETTER * アメリ *アンジェラ・・・・ろくろくさん紹介の映画、立て続けにみさせていただきました。

いやあ~~~どれも大変印象に残りました。

ダントツお気に入りは、「アメリ」…主演女優がいいんです!!!!ともすれば暗くなるような内容を、かくも美しく、色彩豊富に 上品に めちゃくちゃおかしく^^^^まとめ上げらている。それを可能にする人間ってすばらしいです!

アンジェラも以外な展開に、びっくり!まさかの展開です。
あの○○に目覚める瞬間・・・まだの方はぜひぜひみていただきたい作品です!

ROVE RETTERは、どんな人にも、本人が気がついていようといまいと、それぞれに役目があることを感じました。何年も経ったあとで・・・事実がわかる・・これ以上言ったらいけませんね^^^ 見てのお楽しみでしたね

おかげさまでよい時がすごせました。感謝でした。
2009/09/06(Sun) 10:34 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
荷物をおろして安心しなさい
私たちは自己という名の汽車に乗り合わせている
乗客なのでしょうか?

汽車はわたし達とそのすべての荷物を運んでくれ
ているのに、汽車に乗ってまでも、自分の小さな
荷物を頭にのせて苦労している。

荷物をおろして安心しなさい。

どんな重荷がかかろうとも、神(汽車)はそれに耐える。
神の至高の力がすべてのものごとを動かしてゆくのに、
われわれはなぜその力に身をまかせないのでしょうか。

それは、
神の存在を確信することができないからでしょうね。


「自分を神にゆだねるとは、
自己という想いの他にはいかなる想いも許さず、
ひたすら自己のうちにとどまっていることである」

ひたすら自我(思考・感情)観察に徹せよ!
ということなのでしょうか。

上記のことが困難であれば、
親鸞が法然を信じることで浄土に往生することを
確信したように、

ラマナ・マハリシを信じることで、荷物をおろして安心
することができる人もいらっしゃるかもしれません。

2009/09/05(Sat) 21:07 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
明日のことは心配しないでいい^^
われわれは汽車がすべての荷物を運んでくれることを知っている

汽車に乗ってまでも 自分の小さな荷物を 頭にのせて苦労する必要がどこにあろうか

^^^^
わかりやすい例えでした。
これならやまんばにも理解できました。


昨日のやまんばのコメントの「夢を叶える方法」の一番目のはちょっとちがうみたいです。
親、兄弟姉妹、 親戚 友人・・を大切にする・・・ではなく、そういう存在そのものが夢を実現することに大きく影響するということのようです。



2009/09/05(Sat) 07:00 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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