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2006年04月27日 (木) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (7)

魯の孔子が周を訪問したとき、老子をたずねて、
主として礼について質問した。
初対面のとき、老子は孔子に、

「私は『よい商人は品物を奥に深くしまいこんで、
店先はからっぽにしている。君子は立派な徳を
身につけながら、容貌は馬鹿のようである』
ということを聞いている。

あなたも、高慢さと欲深さと体裁ぶりとすけべい心
を捨てたらどうだ。どれも君にとって
役に立たないことばかりだ」

と言った。


孔子が、「今や道は行われなくなりました。どこの国へ
行っても受け入れてくれません」というと、老子は、

「しゃべる者はおしゃべりでしくじる。
聞く者は言葉でしくじる。
この二つを心得ていれば道は忘れられないよ」

と答えた。孔子が帰るとき、老子が送って言うには、
「私はお金を贈ることはできないから、
せめて言葉を贈ろう。

聡明でもののよくわかる人でありながら
死ぬような目に遭(あ)うのは、
他人を批判するのが好きな者だ。

能弁で行き届いた人が
その身を危うくするのは、
他人の悪を暴くことを好む者だ。

人の子たる者は我(が)を持っていてはならぬし、
人の臣たる者も我を持ってはならぬ」

孔子は後に、弟子に向かって、
「鳥や虫や獣はつかまえる方法があるが、
竜だけは風雲に乗じて天に登り、どうにもつかめない。
しゃべる者はおしゃべりでしくじる
老子を見るとまるで竜のような気がする」
と嘆息したという(『史記』)

その後、老子は周王朝が衰微してゆくのを見て、
ついに洛陽(らくよう)を去る。

函谷関(かんこくかん)に着いたとき、
関所の長尹喜(いんき)は、
老子がなみの人ではないのを見て、教えを請うた。

そこで老子は五千字の書物を著したという。
これがすなわち、現在に伝わる『老子』とされている。

『史記』には、
「その終わる所を知らず」
と記されているが、

老子は流砂の西に去ったという説もある。
事実はそのようなことではなかったのかもしれないが、
そういう幻想を抱かされるのが老子なのである。



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テーマ:哲学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
錬金術者さん
中庸ですね
(かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること)

仏教の中道と類似しています?
(二つの対立するものを離れていること。不偏で中正の道。原始仏教では苦行と快楽の両極端を退けた考え方)

流砂の西に去ったとか、その終わる所を知らずとか、
いかにも老子らしいです。

2006/04/28(Fri) 15:49 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
我を持ってはならぬ・・・
やまんばさんは

いともかんたんに「はい、わかりました」
とおっしゃりますが、「我を持ってはならぬ」とは

無我になれということですから。
う~む。でもあんがい、「はい、わかりました」で
よいのかもしれません。
2006/04/28(Fri) 14:52 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
中庸ですね?
子孫が残っている孔子に比べ、老子は謎の人物ですよね?
 しかし、私には、老子も孔子も、同じ道徳の人のように思えます。道徳の陰と陽の面を思わせます。

 私には、老子は、どこか古代アトランティスの文化を思わせる風情があり、孔子は、そのポストモダンな感じがするのです。

陰と陽で、中庸があり、孔子も老子もいるから、人間は面白い!
2006/04/28(Fri) 12:56 | URL  | 錬金術者 #-[ 編集]
今朝、つばめが、二羽渡ってきたよ。
そこらじゅうに、やまつつじが咲き、青空にピンクが眩しい。やまんばは、老子さんが気に入りました。「人の子たる者は、我を持っていてはならぬし、人の臣たる者も我を持ってはならぬ。」ーーーはい、わかりました。
2006/04/28(Fri) 07:08 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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