2009年04月26日 (日) | Edit |
青木新門著 納棺夫日記 つづき


浄土真宗僧侶のジャクシンさんから頂いたコメント(2009-04-24)
によると

「青木新門氏の『納棺夫日記』ですが1993年に富山の桂書房から刊
行された時から僧侶たちには話題になっていた」そうなんですね。

しかも十五年も前から話題になっていたなんて知りませんでした。
それと映画『おくりびと』の原作者であることを新門さんは辞退
されたというのです。

「ご本人は映画『おくりびと』はヒューマニズムな作品としては高評価し
ているのですが著書『納棺夫日記』はあくまでも宗教が中心でその相
違から原作者として名前を外してくれと仰ってます」とジャクシンさん。

たしかに映画『おくりびと』と『納棺夫日記』とは似て非なるものといった
感じです。


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さて、話は私が『納棺夫日記』を読んだなかで、大変興味を抱いた
ところに移ります。

親鸞は、釈尊が生涯説いた教えの中で、究極の真実を説いた教えは、
『大無量寿経』であると断定します。

『大無量寿経』に描写されている釈尊の顔の光り輝く様子に、その
証拠があるというのです。

この経にある釈迦如来の〈光顔巍巍(こうげんぎぎ)〉の様子と
阿難がそれに気づいたことを如来が褒めたというそのことだけで、
親鸞はこの『大無量寿経』を真実の教えであると断定したという。

親鸞が、『大無量寿経』の一場面をもって、真実の教えと断定する
には、よほどの宗教的確信がなければできるものではない。

親鸞は〈ひかり〉との出会いを幾度も体験していたに違いない。

親鸞の思想の全てが、成仏した釈迦の顔の光輝に収斂されている
のである。

と新門さんはいいます。
この親鸞の教えのシンプルな捉え方にはホントに驚きました。



※光顔巍巍(こうげんぎぎ)=光り輝く顔が気高くすぐれているさま



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コメント
この記事へのコメント
<光>との出会い
やまんばさんのおっしゃるとおり。

この<光>との出会いは、
実体験以外に理解の方法がない。

親鸞は、この〈ひかり〉のことを「無碍光」
と言ったり「不可思議光」と言っていたという。

ならびなき明るさの光で、きよらかな、よろこび
にみちた、知恵の光であって、ときつくすことも
説明することもできない光だそうです。

2009/04/29(Wed) 20:35 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
信じること
<光>との出会い
幾万冊の書物より、体で感じた実感は、その人の人生を根底から変えていくのでしょうね!

おはようございます。
今朝も新緑が眩い朝です。
窓を開けて、思いっきり息を吸ってきますね^^^^
2009/04/29(Wed) 07:55 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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