2009年02月27日 (金) | Edit |
タデウス・ゴラス著 山川紘矢(訳)「なまけ者のさとり方」地湧社 (1)


私はなまけ者です。
世間でよく言われているように、
さとりを開くためには何年も修行が必要だとか、

人一倍の努力や厳しい自己抑制、
自己鍛錬をしなければならないというのなら、
さとりは私には関係なかったことでしょう。

そのうえ、
食べ物に気をつけなければいけないとか、
たばこは体に悪いからやめろとか、

道徳にかなった生活をしなくてはいけない
というようなことになれば、
なおさらのことです。

さとりとは、
これらのこととはまったく関係がないと、
私はこの本で言いたいと思っています。

・・・・・・
「私たちはみな平等です。
そして宇宙とは、
私達のお互い同士の関係です。

宇宙はただ一種類の実体からできていて、
その一つひとつが生命を持ち、
一つひとつが自分の存在の仕方を
自分で決めています」

以上のことさえわかれば、
誰でもこの本を理解できるのはもちろん、
自分で本を書くこともできるでしょう。

・・・・・・
一つひとつの生きものの基本的な営みは、
拡張することと収縮することです。
広がることと縮むこと、と言ってもよいでしょう。

拡張した生き物は
「スペース」となって
四方に浸透してゆきます。

収縮した生き物は濃縮し、
「かたまり」になります。

私達は個人としてもグループとしても、
「スペース」「エネルギー」「かたまり」
のうちのどれかになって見えます。

そしてそれは、私達が自分で選んだ
拡張と収縮の割合によってきまってきます。

・・・・・・
完全に拡張した生き物は「スペース」、
つまり空間状態となります。

・・・・・・
この広がりを私達は意識の広がり、
理解の深化、あるいは魂の広がり等
として体験しますが、

その体験をどう呼ぶかは、
各人の自由です。

完全に広がりきった時、
私達は完全な意識の拡大、つまり、
すべてのものと一体となった感覚を
体験します。

そのレベルに達すると、
他のどんなバイブレーションにも、
他の個体のどのような行動にも、
まったく抵抗しなくなります。

時間を越えた至福感、
意識や知覚、感覚の無限の
広がりを味わうのです。

・・・・・・
人は収縮しきっていると、
かたまりとなり、
完全に内にこもってしまいます。

収縮すればするほど、
彼は他の人と同じスペースを
共有することができなくなります。

そして、恐れ、痛み、無感動、憎しみ、
悪意、その他ありとあらゆる否定的な
感情を経験するのです。

極端な場合は、
完全に気が狂ったように感じ、
あらゆる人、あらゆるものに抵抗し、

自分の意識をまったく
コントロールできないような
気持ちになってしまいます。


もちろん、こうした感情は
かたまりのレベルのバイブレーション
特有のもので、

彼がそこからひろがり、自分の考えや、
見たり感じたりしていることに
さからうのをやめさえすれば、

いつでもその状態から
抜け出せるのです。


次回につづく


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テーマ:哲学
ジャンル:学問・文化・芸術
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