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2008年12月08日 (月) | Edit |
ひろさちや著「狂い」のすすめ 集英社新書より(10)
Ⅰ「狂い」のすすめ(10)


金襴の袈裟の話にコメントを加えるつもりで、
ちょっと脱線して別の話になってしまいました。

……
一休禅師が言いたかったことは、人間、中身が大事であって、
何を着ているか、そういった衣装なんてどうだっていい、
ということでしょう。

どうだっていい――というのは言いすぎかもしれませんが、
そこのところでちょっとでも妥協すれば、いや、そりゃあ
中身も大事だけれど、外見だって大事なんだよ、といった
世間の常識にしてやられます。

そんな世間の常識に遠慮する必要はありません。


われわれは、
――人間にとって大事なのは中身であって、上辺なんて
どうだっていいのだ――
と、「狂者の論理」を振りかざしておきましょう。
われわれは狂者なんだから、世間に遠慮する必要はありません。

でも、世間というのは、上辺ばかりを問題にするのですね。
ホリエモンと呼ばれる人が、ノーネクタイでいると、世間の人々
は礼儀知らずと非難しました。

だが、日本の政権党は選挙にその礼儀知らずの人を担ぎ出し、
そのためでしょうか、政権党の党首(総理大臣)は、クールビズ
とか言ってノーネクタイ運動を始めました。みっともなかった
ですね、あの恰好は。

近代以降の日本人は民族衣装を捨ててしまって、西洋人の服装を
正装にしてしまった。どだい日本人の体形に洋服なるものが合う
わけがなく、その上、ノーネクタイとなれば、猿が洋服を着た姿
になってしまいます。

ノーネクタイよりも、どうしてあの党首(首相)は浴衣姿を選ばな
かったのでしょうか。浴衣姿で国会で演説をすれば、アメリカの
大統領も少しは見直してくれたと思うんですが……。

いえ、これは狂者の呟きです。

……
中学校・高等学校の制服、あれも問題です。
服装というものは、人格の一部なんです。
したがって自由であるべきです。

人間は自分にふさわしい服装をする自由を持っています。
それは思想や信仰と同じで、かくかくであるべしと拘束
されてはいけないのです。

ただし、その自由を奪われた人間もいます。
それは、軍人と囚人です。

兵隊さんがてんでんばらばらの服装では、戦争ができません。
軍服を着る必要があります。軍隊はチームをつくって戦争す
るから制服が必要です。

そういえば、航空会社の人間や交通機関の従業員、プロ野球
球団のメンバー、サッカーチームのメンバー、いずれもユニ
フォームが必要です。チームワークを必要とする場合、制服
が必要とされるのです。

そしてその場合、人間性は基本的に無視されます。個々のメ
ンバーは、ある程度、全体への奉仕が義務づけられるから、
強烈な個性を持ってはならないのです。

いえ、強烈な個性を持っていいのですが、その個性は全体の
利益のために発揮されることが条件づけられています。全体
の不利益になるような個性であれば、それは否定されるべき
です。

……
それから、囚人に制服(囚人服)が必要なことは説明不要です
ね、囚人というのは人権を制限された人間ですから、管理さ
れていいのです。

しかしね、中学生や高校生は囚人ではありませんよ。それぞ
れが人権を持っていますし、学校教育はそれぞれの個性を伸
ばすためのものでしょう。

制服・ユニフォームは個性を殺すために着用させるものです。
人間を管理するためのものです。わたしは、義務教育の学校
や公立の学校での制服はやめるべきだと思っています。



次回につづく


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ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
花がはらはら散る夕べ
ひろさちやさんは、結構過激な方ですね。

この「狂い」のすすめ の本も、
ひろさちやさんがご自分の日頃の本音を
言いたくて綴ったものかもしれません。

「公立の学校での制服はやめるべきだ」
というのは私も賛成です。

やまんばさんの「経済的に助かりました」
というのはあるかもしれませんが、
いまはユニクロにしてもやすくてセンスの
いい服がいくらでも手に入ります。

毎朝出かける前に、身だしなみを整え
ちょっと服装をチェックすることは若者の
センスアップにつながると思いますね。


「花がはらはら散る夕べ、美しいひとに
言い寄られる」いいですね。

「うき世は風波の一葉よ 何しようぞ 
くすんで 一期は夢よ ただ狂え」

ですもの。

2008/12/08(Mon) 18:12 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ちょっと過激ですね
人間は自分にふさわしい服装をする自由を持っています。
それは思想や信仰と同じで、かくあるべしと拘束されてはいけないのです・・・ここまでは同感でしたが、・・・全体の不利益になるような個性であれば、それは否定されるべきです・・・ここにはついていけません。学生の制服のことですが、確かに自由はいいのですが、親としては制服が決まっていると経済的に助かりました。個性は制服を着ようが着まいがどこでも発揮できるものだと思います。

それから、昨日のろくろくさんのコメントにお返事します。やまんばは別段イケメン好みではありません^^
この女性のおかれた立場で言ったまでのことです。映画の画面のように、夕暮れに桜の花びらでもちらほら散る情景の中、美しい男性に言い寄られて、つい・・・なんてことはあるやもしれないなんて思ったのですよ^^。
一休さんとなら、話をするだけで、充分満たされるように思えます。
昔、何の映画?か忘れましたが、男と女が向き合って見つめていたら、体の周辺に電気のような光が満ちてきて、二つの光が合体して、エネルギーの交換がされ、二人は幸福感で、満たされるというのをみたとき、やまんばは感動しました^^^^
2008/12/08(Mon) 07:06 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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