2008年11月28日 (金) | Edit |
谷沢永一著「嫉妬する人される人」幻冬舎より(10)
第一章 嫉妬が動かしてきた日本社会(10)


前項までが幕藩の前半で、後半になると各藩で米穀経済が
行き詰まり、藩政改革が起こってきます。

藩政改革は、経済官僚として有能な人物でないとできませ
んから、譜代の臣では無理です。

そこで、殿様が代々の家老などをすべて押さえ込んで、
足軽か、あるいはそれに近い下層から大抜擢します。

すると、何が起きるかというと、「あの成り上がり者めが」
とうわけで、藩を挙げての嫉妬の的になるのです。

そして、殿様が世を去って次の代になった瞬間に、御家の大事
だとばかりに暗殺されてしまう。藩政改革をやった人で、終わ
りを全うした人はほとんどいません。

たとえば薩摩藩に、経済改革を完璧にやってのけた調所笑左衛
門という人物がいました。幕末の薩摩藩は、うなるほどの金を
持っていましたが、それは調所笑左衛門が行なった藩政改革の
結果です。

それだけ大きな貢献をした調所笑左衛門でしたが、何かでケチ
つけられて江戸藩邸で命を落としてしまいます。切腹したとい
う説と毒殺説がありますが、いずれにしても、殺されたことは
間違いありません。

加賀騒動にしても鍋島騒動にしても、同じように藩政改革が原
因となっているといえるでしょう。

その場合、三つほど理由が考えられます。
一つは、日本社会はあまりにも鮮やかな抜擢人事、成り上がり
者に対して、まわりが非常な嫌悪感を持つからです。

「世の中は、実力主義ではないか」というのは理屈であって、
理屈と感情は違います。何代にもわたって藩に仕えてきた者た
ちからすれば、成り上がり者に対しては「関が原で戦ったとき、
おまえは何をしていたんだ」という感情になります。その感情
を否定することは不可能です。

二つ目に、経済面でうまく立ち回った人は、日本の国では例外
なく嫌われるということです。お金はけがらわしいものだとい
う考え方が、日本人の意識の底にあるからです。

かつて秀吉がまだ健全なときに、伏見城へだれかが小判を持って
きたことがあります。当時はまだ小判が珍しかった時代ですが、
ある大名が「これをご覧なさい」と別の大名に差し出したら、

手ではなく扇子の上に受けて、「ほう、こういう物でござるか」
と、ポイッと脇へ放ったという話があります。小判は、手にする
だけで汚らわしい。お金は不浄のものという観念がしみついてい
ます。




次回につづく


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テーマ:哲学/倫理学
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