2008年11月24日 (月) | Edit |
谷沢永一著「嫉妬する人される人」幻冬舎より(6)
第一章 嫉妬が動かしてきた日本社会(6)


その「執権」の三代目・北条泰時が、また面白いことを
やります。

すでに武家政権の時代には、律令と世間の動きとは合わ
なくなってきています。

そこで、常識的に考えれば憲法改正国会でも開催すると
ころですが、泰時はそれをせずに「御成敗式目」という
新しい国法を作るのです。

じつは、日本民族は開闢(かいびゃく)以来、一度できた
国法を改定した記録がありません。


改定はせずに、必ず棚上げする。そうすれば、みんなの
面子が立つからです。

これは山本七平さんが力説したことですが、国法を改定する
場合、その法律を作る権利がだれにあるかということが問題
になります。

憲法なら、朝廷、天皇であるとか、あるいは戦後なら国会で
あるとか、必ず責任の所在がはっきりしています。

ところが「御成敗式目」にはそれがありません。しかも、著名
している人物が十何名もいて、いちばんの実力者である北条泰
時は十三番目に自分の名を書いています。

たしかなことは言えませんが、おそらく幕府政権の年長順だっ
たのではないかと思います。

当時、泰時はまだ若かった。だから、年長順という日本的美徳
がそこに生きていたと思われるのです。いわば、全員の連帯責任。
ということは、だれか一人が責任者になるということはないので
す。

この「御成敗式目」が、国法の根本として、ずっと明治の世まで
続きます。

そして、大日本帝国憲法発布によって効力を失うのですが、その
六百年の間、「御成敗式目」の条文について、おかしいではない
かという批判をした人は一人もいません。

これは大変な事実です。これが日本人の物の考え方の根本であり、
裁判の原則であり、この方式が「是である」とみんな考えていた
わけです。

しかも、一行も改定されていない。これは世界史の奇跡といって
もいいでしょう。となれば、実際は泰時が以降連綿と続く日本の
国の法を定めたのです。

それではいったい裁判の原則は何かというと、「道理」だといっ
ています。では「道理」とは何かというと、特別な規定はなく、
要するに日本人社会の浮世の常識ということです。

だからこそ、非常に応用がきく、大岡裁判といった話も出来るわ
けで、法として硬直していないのです。

したがって、あの家康でさえこれを否定しませんでした。家康は
朝廷に対してはさまざまな規則を与えて封じ込めましたが、
「御成敗式目」には一指も触れなかった。

しかも、その泰時は、私が「御成敗式目」を作りましたと表立っ
ては言っていません。

ただ、六波羅探題であった弟の重時に手紙を出していて、その手紙
では泰時が中心になったらしいと推定できる程度のことを書いてい
ます。

しかし、だれも「御成敗式目」を泰時法とか泰時憲法などと呼んだ
人はいません。彼はみごとに自分の足跡を消してしまったのです。

私は政治の極意とは、やることをやって、跡を消すことだと思って
います。それが、嫉妬の対象にも、憎しみの対象にもならない唯一
の方法です。

足跡がベタベタと残っているようではいけません。
その意味で、泰時は政治の天才です。日本人とは何かをよくよく知
っていた。恐ろしい男なのです。




次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



スポンサーサイト
テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
帰り矢
弓を引きしぼって、空に矢を放ちますと、
矢は真っ直ぐ天へ向かって、ぐんぐんと上昇して行きます。
しかし力尽きると、くるりと下へ向かって落下してきます。
そして、弓を射た者の場所へ落ちてきて、その射た者に
矢は突き立つのです。

矢が上昇して行く間、それは順運のエネルギーが発揮されて
いることを示しています。しかし、矢が下へ向かった瞬間から、
それは衰運のエネルギーに変ります。

より高く飛ばそうとすればするほど、落ちてくる時の矢の力は
強力なものとなります。

すなわち、より高く飛ばそうとする欲望が強ければ強いほど
順運のエネルギーが好調であればるほど、強力な衰運も同時
進行しているというのが「帰り矢現象」だというのです。

順風満帆だった人がある日突然死んだり、会社が倒産したり
といった不幸な現象が起きるというのです。

さて、この「帰り矢」の災難を避けることが出来る方法が
一昨日ご紹介した「散銭」であるということです。



2008/11/24(Mon) 19:54 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
自分の足跡
元厚生事務次官宅連続殺傷事件で逮捕された
小泉毅容疑者は、現場に自分の足跡をベタベタ
と残しています。

これは自己顕示欲のあらわれなんだそうです。
今日の表題「自分の足跡を消して、嫉妬も消す」
の真逆のあり方です。

小泉容疑者は、元厚生事務次官をはじめ、様々な
人々に勝手に嫉妬をしていたのかもしれません。

おのれのあるがままを受け入れることができない
ことがたび重なって、自尊心がずたずたにされた
と考えたのでしょうね。

この苦しみの原因は犬を殺した保険所であり、
その最高責任者だと考えたのでしょうか?


「地獄とはあるがままに対するかたくなな抵抗であり、
天国とは、愛をもって受け入れる、開かれた心である。
地獄とは抵抗であり、天国とは受容である
・・・・・スティーヴン・レヴァイン」

おのれの嫉妬心や自尊心をもてあまし、人殺しまで
させてしまう自我の妄想・・・

自己観察の習慣がなかったのでしょうね。



2008/11/24(Mon) 18:19 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
表にでるな・・
なるほど~~~
「幸せです」と口(表)にださないほうが、無難ですね。先日「幸せに暮らしています」といったら、その友人は去っていきました。トホホ
幸せといっても、饅頭一ついただいてもすごく喜ぶ人もおられるし、いくらたくさんもっていても いつも不平不満を言って、むつかしい顔をして暮らしている人もおられる。

こうしてブログに登場するのはこわいもの知らずということなのでしょうか^^^^。あわあわ^^しかし、毎日何事も起こらずにこれるのは、みていてくださっている皆様のやさしさのお陰だと思います。ありがとうございます。やまんばは外に出るのは買い物と少々の用事とこのブログだけです。他にいくところがありません^^。
婆ちゃんは「私が死んだら、あなたをいろんなところに連れて行ってあげようね」と約束してくださった。涙が出るほどうれしかったけど、婆ちゃんは言った先から全部忘れてしまわれるからなあ・・・と笑顔が消えそうになったけど、その婆ちゃんの約束はきちんと神様が聞いててくださるので、きっと叶えてくださるだろうと今は思えます。さあ、それまで、修行するぞ~~~~^^
2008/11/24(Mon) 13:55 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック