2008年11月23日 (日) | Edit |
谷沢永一著「嫉妬する人される人」幻冬舎より(5)
第一章 嫉妬が動かしてきた日本社会(5)


東洋史学者の内藤湖南が、こんな言葉を残しています。
いわく、「世界歴史とは、下層が上へ上がっていく
プロセスである」と。

たとえば日本の歴史でいえば、鎌倉幕府を作った
源頼朝が、下層から上層へのしあがった最初の例に
なります。

その後、日本の歴史もたしかに下から上がっていく
繰り返しです。鎌倉の名家でない足利氏が下から上が
っていき、農民の子から秀吉も成り上がり、名家でな
い徳川氏が上っていく。


頼朝も初めて武家から上って全国の権力を握りますが、
その時に彼の権力の保証になったのは何かというと、
「征夷大将軍」という役職です。

ここでまた、面白いからくりができあがります。
「征夷大将軍」とは、藤原不比等の作った律令になかには
ない役職です。律令という、当時における行政法と刑法の
なかには、将軍なんて官職はどこにもありません。

もともと征夷大将軍とは、律令が施行されて平安朝になり
大和政権が東北に及んだときに、未耕地で米作りを指導す
るのが役割でした。

司馬さん流に言うと、「稲作奨励公団」だというわけです。
東北を開拓する必要が生じてきたから、律令にない官を作
った。これを「令外官(りょうげのかん)」といいます。

そもそも律令を作ったときには、奈良の都にさまざまな不逞
の輩が横行することは念頭にありません。ところが、京が都
になると律令で律しきれない事例が出てくる。

そこで検非違使という「令外官」の警察組織を作ってしまい
ます。日本は、こうした臨機応変の措置を平気でやってしま
う国なのです。

したがって、律令が健在であるということは、すなわち藤原
氏の摂関政治が健在だということです。摂関家と矛盾しない
形で、将軍家が生まれてきたのです。

ここに、天皇家、摂関家、将軍家という三重構造の階層がで
きあがります。

その後、今度は将軍の下にあった「執権」という存在がクローズ
アップされます。つまり、実朝の代で源家の血統が絶えると、
「執権」であった北条氏が代わって実権を握ることになるのです。

北条氏は、将軍になっても当然と思われるだけの力を盛っていま
した。ところが将軍にはならない。

京都からお公家さんを連れてきて、飾りだけの将軍にして、自分
はずっと裏で実権を握っていたのです。執権家を加えると四重構
造です。

日本の歴史では、このあたりから、実権を握る者は、あまり外向き
の装いにこだわらなくなります。「本当の意味での実権を持ちたけ
れば、名誉とか名声を欲しがるな」という教訓が明らかに見て取れ
ます。

名前を残したかったら、権力とは別な浮草模様のほうに専念しろと
いうことです。

これもまた、見えざる敵からの嫉妬を巧妙に避ける賢い方法の一つ
でしょう。こんなふうに、何重にもなった構造の政体を作った国は、
世界中で日本以外には見当たらないようです。




次回につづく


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テーマ:哲学/倫理学
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コメント
この記事へのコメント
今の政治をみていても、今日の内容の権力構造みたいなものが感じられます。やまんばは政治はよくわかりませんが、テレビで流れている政治家の発言などを、横目でみているだけでも、話している人を操作している人がどこかにいるんだろうなあと感じることが多々あります。
絵もその人自身がそのまま現れるように、歴史はその時代の人物がいろいろ織り成して創り上げていくのだから、興味を持って時代の流れをみていくとおもしろいでしょうね。登場人物の一人が変るだけでも歴史は大きくちがってくることでしょう。
やまんばは最近少しですが、歴史に登場する女性に興味をもつようになりました。歴史を本当の意味で動かしていたのは、女性の存在が大きいのではないだろうか???
男を本物の人間にしていくのも、だめな男にしていくのも、その男に係わる幾人かの女性が大きく左右しているのではないだろうか?
もちろん反対もいえますが・・・

昨日のろくろくさんのコメントはいろいろ学ばせていただきました。散銭の意味やその大切さもわかりました。



2008/11/23(Sun) 14:05 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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