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2008年11月04日 (火) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(55)


それからブッダは、まわりの僧たちに話しかけた。

「形あるものはすべて滅びるものである。
(悟りを得るために)精進努力をしなさい。」

これがブッダの最後の言葉であった。

それからブッダは、種々の瞑想の段階を経て、
ついにこの世を去ったといわれている。

遺骸は、王家の人にふさわしく、丁重に荼毘に
付された。人生の無常を学んだにもかかわらず、
一部の僧は師の入滅を嘆き悲しんだ。


しかし、その中にまったく違う態度をとる僧がいた。
それは年老いてから僧団に加わったスバッダであった。
彼にとって、ブッダの死は一種の救いだったのである。

「もう泣くのはじゅうぶんだ。友だちよ、悲しむことはない。
われわれはやっと、あの〈偉大な師〉から解放されたのだ。

『こうしなさい。それはいけない。』と、やかましく指図され、
悩まされてきたが、われわれはこれで好きなことができるし、
やりたくないことはしなくてよいのだ。」

これはもちろん、ブッダの定めた戒律が捨て去られ、
僧団が混乱の内に分裂する兆しであった。

長老のひとり、マハー・カッサバはそう解釈した。
マハー・カッサバは、ブッダの教えの完全で信頼のおける記録を
早急に確立しなければならないと考えた。

そこで、アジャータサットゥ王に支援されて、ラージャガハ市で
会合が開かれ、聖者の位に達した五百人の僧が集められた。

カッサバの主宰のもとに、この集会(結集)はブッダの教えをすべ
て復誦し、記憶した。ウパーリとアーナンダは、カッサバの問い
に答えて、それぞれ〈戒律〉と〈説法〉をまとめるのに重要な役
割を演じた。会合は七か月間続いた。

この第一結集でまとめられたものは、紀元前八十年セイロンで開
催された第四結集において、はじめて文字に写された。

ブッダの言葉や教えは〈経典の三つのかご〉(三蔵)と呼ばれる三
部門に分類された。

①ヴィナヤ――僧団にとっての戒律の集成、
②スッタ――折にふれてブッダが語った説法の集成、
③アビダンマ――教義の哲学的・心理学的展開。

アビダンマは、紀元前二四六年頃に開かれた第三結集において、
はじめて形を整えたものである。

今日まで伝わる経典の性格、とりわけスッタにみられる説法の
特徴を知っておくべきである。

元来、説法とはブッダや代表的な弟子たちの簡潔な教えであった
が、おそらくものを書き記す恒久的な材料がなかったからであろう、
説法は暗唱するよう意図されていた。

したがって、記憶しやすいように、重要な語句を反復する工夫が
なされている。ブッダの同時代のインドや、中国、ギリシャの師
たちも、同じように口誦伝承にたよったことは周知のごとくである。

ブッダの教えをすべて収めた〈三つのかご〉こそ、
この小著の由ってきたる源である。




              完



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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
ブッダ最後の言葉
尊師は修行僧たちに告げた。――、

「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう、
『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』と」
 
これが修行をつづけて来た者の最後の言葉であった。


ブッダは、種々の瞑想の段階を経て、この世を去ったといわれていますが、
大パリニッバーナ経によれば、下記のように様々な瞑想をされたそうです。

チベットの死者の書によっても、人が亡くなるときはとても大切ことである
と説くことからも、死を前にした釈尊がこのような数々の瞑想を経て涅槃に
入られたことは事実に近いことなのかもしれません。


この後、世尊は精神統一をして“最初の禅定”(初禅)に入られ、
そこから第二禅、第三禅、第四禅に入り、“虚空の果てしがない処”(空無辺処定)、
“意識の果てしがない処”(識無辺処定)、“一切の所有のない処”(無所有処定)、
“意識もなく意識しないこともない処”(非想非非想処定)、
“意識も感覚も滅尽した処”(滅想受定・滅受想定)の境地に入られます。

その後逆順に、滅想受定から非想非非想処定、無所有処定、識無辺処定、空無辺処定、
第四禅、第三禅、第二禅、から初禅に入られ、また第二禅、第三禅、第四禅に入られ、
そこから起って、世尊はただちに完きニルヴァーナ(無余依涅槃)に入られました。




2008/11/04(Tue) 18:26 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
形あるものは全て滅びるもの
満月の夜に小舟に乗ったやまんばは、一人漕いだこともない、オールを持ち、ギーギーと漕ぎ出し始めた。

以前、横長の画面に、洞窟から群青色の絨毯に乗り、一人の少女が旅立って行く絵を描いたことがあります。
その時は山奥深いところからの旅立ちでしたが、今回は広い湖のようなイメージです。しかし向こう岸は見えませんでした・・・・。
以前は震えるような心細さがありましたが、今回は全くちがいます。どんなことが起きるのだろうか?何だかおもしろそうに感じている自分がいます^^。

「一人一人がしっかり自立するからこそ、お互いが助け合って生きることも可能になるのだと思います。
自らを拠りどころと出来るように、怠ることなく勤め励まねばなりませんね」

ろくろくさんが書かれたコメント。やまんばもしっかり受け止めましたが、やはりあんまり悲壮感はありません。楽しんでいこう!みんな神さまや仏さまの分身なのだから、心配せずに深刻にならず、オットットッとオットットッと、波がきたら逆らわずに、力を抜いて行くと案外乗り切れるのではないかと思えるようになっている自分がいることに気がつきました^^。
全てに感謝です。ありがとうございます。


2008/11/04(Tue) 08:47 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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