2008年11月03日 (月) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(54)


ブッダの布教活動は四十五年間に及んだ。
雨季を過ごすために、ベールヴァという村を訪れたとき、
ブッダははじめてもうこれ以上続けられないという予感
におそわれた。

その村に滞在中、ブッダは病気になり、
激しい苦痛に見舞われる。

我慢強く苦痛に耐えながら、ブッダはひそかに考えた。
侍者たちに話をし、僧団に別れを告げるまでは、
死して涅槃にはいるべきではないと。

そこで意志の力で病気と闘い、生きながらえた。


ブッダはアーナンダを呼び、次のように告げた。

「アーナンダよ、僧団はもうこれ以上私を必要としないであろう。
私の法(おしえ)は明白であり。まだ説いたことがない秘密の教え
はない。にぎりこぶしに隠しておいたもの(師拳)など何もない。

アーナンダよ、私はもう年老いて、齢(よわい)も八十を過ぎた。
これからは、君たちひとりひとりが自己を頼りとし、島としなさ
い。そして何よりも法を拠りどころとしなさい。」

雨季の安居(あんご)が終わり、僧団はふたたび出発した。
やがてチュンダという男のもつマンゴーの茂みにたどりついた。

ブッダがいることを知り、チュンダは会いにやってきて教えを
受けると、僧団を食事に招待した。翌朝ブッダは弟子たちとと
もに、彼の家を訪れた。

豪華なごちそうをふるまわれたが、中にきのこ料理が含まれて
いたという。おそらくこの料理のためであろう、食事の後ブッダ
の病気は再発し、今度は回復することがなかった。

病身にもかかわらず、ブッダは旅を続け、ついにクシナーラとい
う地に至る。ここで、ヒランニャヴァティ川の岸辺にあるサーラ
樹の茂みで休んだ。

アーナンダが二本のサーラ樹(沙羅双樹)の間に床をしつらえると、
ブッダは身を横たえた。そこでふたたびブッダは、大切なのは
ブッダ自身ではなく、彼の説いた法(おしえ)であることを強調した。

「アーナンダよ、おそらく将来君たちの中で、『師の言葉は終わ
った。もはやわが師はおられぬ。』と考える者があるだろう。

アーナンダよ、そのように考えてはならない。私の死後は、
君たちに説いた私の法(おしえ)を師とみなしなさい。」


(注1)涅槃は、燃えさかる煩悩の火が吹き消えた悟りの境地をいうが、
悟りをひらいた聖者がその肉体をも滅し去ることを〈涅槃に入る〉
あるいは〈入滅〉という。後者を特に〈完全な涅槃〉〈般涅槃〉と
も呼ぶ。

(注2)自己を〈島〉とし、法を〈島〉としなさいというこの説法は、
北方仏教の伝承では「自らを〈灯〉とし、法を〈灯〉としなさい。」
(自灯明、法灯明)と理解されている。〈島〉の原語の俗語形が〈灯〉
の原語と同語形であるために生じた異同である。




次回につづく


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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
自灯明、法灯明
ブッダが入滅される前に弟子達に示された最後の教え
として有名なのが「自灯明、法灯明」であります。

「自らを灯(ともしび)とし、自らを拠りどころとして、
他を灯とすることなかれ。法を灯とし、法を拠りどころとして、
他を拠りどころとせずして住するがよい。」

私達はこの世において一人では生きられないというという面が
あますが、釈尊は最後の教えで「他人に依存してはいけません」
と説きます。

一人一人がしっかり自立するからこそ、お互いが助け合って生
きることも可能になるのだと思います。

自らを拠りどころと出来るように、怠ることなく勤め励まねば
なりませんね。



2008/11/03(Mon) 18:45 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
別れはかならずやってくるのですね。
いつかは別れねばならない。
一人一人の関わりを大切にしていきたいと思いました。
2008/11/03(Mon) 14:08 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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