2008年10月31日 (金) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(51)


ブッダがだれであるかを知らずに、ブックサーティというその若者
は答えた。

「ガウタマという出家者がおられます。サキャという王家の王子で
したが、修行のために家を捨てた方です。たいへん評判がよい聖者
で、完全な悟りをひらいた方だといわれています。

その方の名において、私は出家しようと決心しました。ガウタマを
私の師とみなし、その教えに従いたいと望んでおります。

「ブッダに会ったことがありますか。会えばわかりますか。」
「いいえ、会ったことはありません。会ってもわかるはずがありま
せん。」と、ブックサーティは答えた。


そこでブッダは身分を明かさずに、教えを説こうと申し出た。
若者は喜んで同意した。

その説教が終わりに近づくとはじめて、ブックサーティはブッダみず
からが教えを説いていることに気づきはじめた。終わったとき、彼は
師に深々と頭をたれ、ブッダと気づかなかった非礼を詫び、僧団に加
えられることを願い出た。

正式に僧団に加わるためには、乞食の鉢と衣が必要であった。
それらの品を手に入れるために、外へ出た所で、ブックサーティは牛
に襲われて死んだ。

このことを聞いてブッダは、ブックサーティが真理を把握し、ブッダ
個人よりもその教えに真剣にとり組んだ賢者であったと賞賛した。

同じような逸話が、サーヴァッティーに住むヴァッカリという少年に
ついて伝えられている。ブッダは生涯の大半をサーヴァッティーで過
ごしたが、町を往来するブッダを見て、ヴァッカリは夢中になってし
まった。

ブッダを見ると、いつでも賛嘆の念に圧倒された。ある日ヴァッカリ
は考えた。「家にいては、いつもブッダにお会いすることができない。
僧院に行って出家するのがいちばんだ。そうすれば、毎日ブッダに
お目にかかれる。」彼は僧院に出かけて、僧団に加えられた。

いまやヴァッカリは、好きなだけブッダを賛嘆することができた。影
のように後につきまとって、いつも変らぬ追従の目で見つめた。

ブッダはこれに気づいていたが何も言わず、ヴァッカリがもう少し成
長するのを待つことにした。数年後、期が熟したと思って、ヴァッカ
リに告げた。

「ヴァッカリよ、私の身体を眺めてばかりいて、何になるのか。肉体
ははかなく、無常なものではないか。本当に私を見たければ、私の教
えを見なさい。」

しかし、何の効果もなかったので、ブッダは断固とした態度をとるこ
とにした。あるとき、ラージャガハ三か月間招待されたブッダは、同
行しようとするヴァッカリに告げた。

「だめだ、ヴァッカリ。いっしょに来てはいけない。私はひとりで行
く。」

がっかりしたヴァッカリは部屋にもどると、これから三か月間、憧れ
のブッダに会わずしてどうして過ごすことができようかと悩みはじめ
た。

彼は耐えられずに、山の頂きに登って身を投じて死のうとした。この
とき、ブッダは奇跡的に姿を現わし、至福は教えによってのみ得られ
ると説いた。ヴァッカリはついに自己の愚かさに目覚めたのであった。




次回につづく


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ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
ヴァッカリはブッダのおっかけ
おっかけ(熱狂的なファン)は、俳優、歌手などの移動先まで
追っていく人たちのことを言いますが、ヴァッカリはまさに
ブッダのおっかけだったのだとおもいます。

おっかけは、非常に自己中心的な人たちで、相手の立場を
考えることがまったくありません。

夜中に押しかけて行って、塀をよじ登ったり、繰り返し電話
を掛けてきたりで、本当に迷惑なことです。

ヴァッカリもそのようなブッダの熱狂的なファンだったのだ
と思います。

ですから「自分の欠けた部分を相手が持っている」というよりも
俳優、歌手に対して自分勝手な妄想を繰り広げてしまうのです。

思い込みが強いというか、自分の都合のいいように思い込んで
しまうわけですから、手に負えません。

釈尊は賢明な方ですから、冷静に対処されたわけです。



2008/10/31(Fri) 18:54 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
おはようございます。
山の中の温泉に浸かっておられたのですね^^
「こなさん みんばんわ」を見たとき、変なおじさんがこられたなあ^^と一瞬たじろぎましたデス。

青い空と私が一つになる・・ということのイメージとして紹介されたりんごの歌。やまんばは、りんごの歌の歌詞を始めて文字にしたのを見ました。
この歌詞の意味は?
「りんごは何にも言わないけれど りんごの気持ちはよくわかる」??懐かしのメロディーなんかでよく歌われているけど、どうしてこの曲が大ヒットしたのだろう・・余談でしたね^^

昨日のマハリシさんの続きは?あれっ、そうか、今日は紹介文の切り替えの日なのですね。頭のスイッチを入れ直し。

自分の欠けた部分を相手が持っていると、とてつもない憧れが生じてくるのですね。人を恋するときもこの状態に陥るのだとおもいました^^ヴァッカリさんの気持ちはよくわかります^^しかし、憧れた相手がよかったですね。ブッダはそれを見抜き「本当に私が見たければ私の教えを見なさい」と説かれる。しかしヴァッカリ、言葉が耳に入らず身を投じて死のうとする。執着の極致までいった時、憧れのブッダがあらわれ「至福は教えによってのみ得られる」と諭された。
狂気が正気に戻る。
出会いがよかったですね^^^^
やれやれ、危なや 危なや^^^^ほっとしましたデス。

2008/10/31(Fri) 07:09 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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