2006年04月14日 (金) | Edit |
鈴木研二著「悟りの冒険」-深層心理学と東洋思想 創元社より (2)

そういうわけで、死とは私にとって、
例えば私が閉じ込められている窓のない部屋の、
厚い鉛の壁のようなものである。


私はいつかある日、確実に、
この部屋で得たものの一部かあるいは
全部を失って壁を突き抜けて行くのだが、

ここでは誰も向こう側の世界を
覗くことができない。

いや、シャーマンのように、
壁の向こう側の世界と自由に行き来すると
称する者がいないわけではない。

しかし、立ち止まって考えてみよう。


シャーマンのーーーあるいはここに
臨死体験 near death experience を
した者を加えてもよいーーー見てくる世界が、

私が死んでから行く壁の向こう側の世界と
同じだという証拠がどこにあるだろうか。

というのも、シャーマンは実際に死ぬわけではなく、
トランス状態になるだけなのだ。

彼や彼女の行くもう一つの世界は、
壁のこちら側にある
われわれに馴染の薄い別の世界かも知れない・・・。

ともあれ、死後の世界が存在するという考えも
もう一つの有力な仮説ではある。

しかし本書においては、
結論は保留しておくという立場をとる。ーーー
それが「わからない」である。

このような現実レベルでの無知にもかかわらず、
私は幼児期から死をこのうえなく怖れていた。

するとーーー私が不安がり、
怖れていたものとは一体何だったのだろう?

壁の外の未知の世界そのものではなかった・・・。
とすると、

私は映画のスクリーンを見るときのように、
鉛の壁の内側に映し出されているものを
外の光景と取り違えていたのではないか。

映像の元となるものは、
ひょっとして壁の外の世界にではなく、
壁のこちら側、いや私自身の内部に
由来していたのではないか。


わたしは自分の心の奥底に潜む
怖れの最たるものに死という名前を
つけていたのかもしれない。

そしてそれが壁の外の未知なる死と同じものだと、
暗黙のうちに決めてかかっていたのではないか。
同じだという証拠があるわけではないのに。


そこでここから先は、
死と〈死〉を一応分けて
考えることにする。

死とは事実としての死であり、
それについてわれわれは
たしかなことをあまり知らないのである。

特に死後に関しては
まったくと言っていいほど無知である。

それに対して〈死〉とは、生きている人間が
死および死後の世界に関して抱くイメージ・
想像・観念・信念の類、およびそれにまつわる

感情や情動をも含めた心的複合体(コンプレックス)、
というふうにここで定義しておくことにする。

つまり、
死が鉛の壁とその外の世界に関する
事実であるのに対して、

〈死〉とは壁のこちら側に映る心象のことである。
そして私がこれから取り上げようとするのは後者、
〈死〉である。

それは生きている人間が未知の死に投影する、
最大級の不安や怖れを含んだ心理状態にほかならない。
ここまでくると、あぶり出しが可能になる。

悟りとは死の克服ではない。
悟ろうが悟るまいが、
人間がいつか死ぬことには変わりない。

悟りとは〈死〉の、
特にその不安と怖れの克服、
あるいは超越なのである。


次回につづく


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テーマ:哲学
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コメント
この記事へのコメント
スーパーマンでさえも見えない
やまんばさんのおっしゃる通りです。
確かに分かりにくい文ですね。
実は当初ろくろくもてこずりました。

しかし繰り返し読んでいくと、
鈴木研二さんの言わんとすることが すこしずつ
分かるようになってきました。

経験科学=実証科学も 人が実際に経験できること、
実際に証明できること、ということでしょう。

「死」は生きた人が実際に死を証明もできないし、
経験も出来ない。といっているのです。

死=死後の世界は
厚い鉛の壁のようなものがあって
なんでも見透すことができるスーパーマンでさえも
見ることが出来ない、
つまり誰も死を見ることができないといっているのです。

臨死体験をした人というのは死後の世界を見たのでは
なくて、生きた人の死に対するイメージではないか、
といっているのです。

死の問題をこれほどクールに 宗教に陥ることもなく
語っている本をろくろくは知りません。

きっとやまんばさんに役立つものがあると思います。
もうしばらく辛抱強くお付き合いください。
2006/04/15(Sat) 15:06 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ますますわからなくなりました。
昨日のろくろくさんの経験科学=実証科学の説明や、この方の(死)に対する考え方を読めば読むほど、やまんばのチリチリの髪は逆立ち、目は、ひがら目になっていきました。おおよそ直感で生きているから、漢字がたくさん並ぶと弱い、はっきりいえば、頭が弱い。でもすべては、無意識のなかにはいるので、いつかは、役に立つかもーーーー。
2006/04/15(Sat) 06:52 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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