2008年10月18日 (土) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (79) 


じっと考えているうちに、そうだ、あのお医者の言った、
心は患っていない、それを喜びと感謝に振り替えろと
言ったけれども、俺はいままで、喜んだこともなければ、
感謝したことも一ぺんもない。

ただ、朝起きると、夢の中でも苦しかった、辛かった、
そればかりが、俺の口癖だった。冗談にも、嬉しいとか、
有難いとか言ったことはない。それを言えと言うんだから、
言ってみよう。言ったって損はないから言って見よう。

親爺が、「もう寝ろ、寝ろ、」と言うと、
「心の丈夫なことは、有難うございます。」


「なにをくだらないことを言っているんだ。」
「いえ、いまお医者さんに言われたことを、ここで一所懸命、
おさらいをしているんです。」

「くだらないこと言わないで、早く寝ろ。」
「くだらなくないよ、お父っつぁん。さっき連れて帰ってもら
ってからいままで、一ぺんも、痛いも苦しいも言わないだろ。」

「ふん、言わないな、痛くないから、言わないんだと思った。」
「ただ、医者の顔見ただけで、痛いのが治ると思うかい。痛い、
苦しいと考えても、治らないことを考えるのを止めるんだ。

とにかく、止めるだけ止めて見ろ。そうして、有難うござんす、
嬉しゅうござんす、と一所懸命言うんだよ、とそう言うから、
嬉しい気持になるかならにか、わからないよ。

でもそう言っている間、痛い、辛いと言わないだけでも、
おっかさん、おとっつぁんたちは、心配しないだろ。」
「ああ、心配しないよ。」
「しなければ、それでいいんだよ。」

寝て起きて、また明日、医者に言われたことを考えるだけで、
喜びと感謝の毎日。そのうち、三日ばかり経つうちに、
いつの間にか、カントの頭の中に、こういうことがひらめいた。

人間というものは、こういう気持でいるだけで、いままでとは、
いくらか違って来た。苦しい、辛いと言わない。こういう気持で
いると、当分死なないだろう。死なないけれども、炉ばたで、
ただそれだけを考えているのでは、死んだのと同じだ。

子供の考え方としては、実にませているわね。どうせ三年でも
五年でも、死なずに生きているとしたら、ここでぼうっと坐って
いるだけで、おとっつぁん、おっかさんにいまのような苦労は
かけないにしても、

もちろん、多少は心配だろうが、心はなんともないんだから、
まず、心と体と、どっちがほんとうの俺なのか。これを一つ、
考えてみよう。どうです。カントはこんな気持ちになった。

そうして、それを考えたことで、どっちがほんとうの自分か
わかっただけでも、世の中のために、すこしはいいことに
なりゃしないか。



次回につづく


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ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
苦しい、辛いと言わない
この「苦しい、辛いと言わない。」
ということがとてもとても大切なのだと思います。

身近な人や家族には、甘え心もあって
言ったところでどうにもならないことを
私たちはあれこれ愚痴ったりしがちです。

どうにもならない苦しさを聞かされる立場に
立てば大変嫌なことなのでありあります。

「苦しい、辛いと言わない。」ということを
続けるだけで、カントのように奇跡が次々と
本当に起こりうるのだと思います。


2008/10/18(Sat) 18:16 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
えらい!カントさん
「今お医者さんにいわれたことを、一生懸命おさらいをしているんです」
さらに、こういうことがひらめいた・・と続く
「炉ばたで ただそれだけを考えているのでは、死んだのと同じだ」ここに気がついたカントさん、ホント!大好きです。応援した甲斐ありました^^^^
「心と体とどっちがほんとうの俺なのか。これを一つ考えてみよう」発想の展開がすばらしいです。

ろくろくさん、
パウル・クレー
ギュスターブ・モロー
私も好きな画家たちです。モローはたくさんの画家を育てたことにおいても、尊敬しています。ルドンもそうですが、この三人の色彩の美しさはまるで、魔法をかけたようだと思えるのです。
2008/10/18(Sat) 16:35 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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