2008年10月13日 (月) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (74) 


大理石の岩ですよ。そこへ坐ろうとしたときに、にっこり笑って、
「どうだい、すこしは仕合せになったかい、」非常に流暢な英語で
話す人です。

日本の学生のような、アメリカ英語ではない。すこしはどうだ。
幸福になったか、と言って顔を見ている。

ちっとも幸福になっていないのですからね。
幸福になれるのか。私はまだ、自分がヒマラヤの山麓にいるとは、
思いもしないんですからね。

その前にね、私を車に乗せここへ連れて来てくれた人が、
私の脇に座っている。その先輩の相弟子に、行ってから一月ばかり
経ったころに、ここはいったいどこだい、と聞いたら、その答えが
ふるっている。


彼らには、ホエア、と言っても駄目です。地図の観念がないんだから。
彼らはそこに生まれて、そこよりほかに国なんて言葉は知りやしない。
自分のおるところのほかには、国はないと思っているんだから。

ここはどこだい、ときいたら、頭の上の方にいる先生に、今度は、
ここはどこだい、ときいている。そうしたら、先生が、
「俺のいるところが、お前のいるところだ。」

これじゃ、かいもく、わからないやね。そうでしょう、あなた方。
あなた方も、もし、「失礼でございますが、ここはどこでござい
ましょう、」

「ここですか。ここはあなたのおられるところ、私のいるところで
ございます。さようなら、」と言われたら、気違いだと思うだろう。

畜生、きくか。きいても何にもなりゃしない。どこにいるかわから
ない。わかってもわからなくても、来る日来る日、頭が重くて、
ゾクゾク熱が出て、寒くて汗が出て来る。

足が冷えて来るから、腰に布を巻いているだけ、親に会いたくても、
友だちに会いたくても、ただ、眼の中の瞼に思い浮かべるだけ。

空にちぎれ雲が、東の方へ飛んでゆくと、ああ、あの雲に乗って行き
たいな。東の方が日本の国だろう。感傷的にばかりなっちまうんです。

たった一人で、満州蒙古の奥で、狼が出たって、びくともしないで、
勇敢に働いた私だ。昔とはうって変わって、感傷的になっちまうんで
すからね。

ですから、何かチョロチョロと這い出してくる虫を見ても懐かしい。
(ここで、先生は涙声になる)おい、傍にこいよ、という気になるん
ですよ。

何が仕合せなものか、すこしは仕合せになれたか、なんて、何て変な
こときくんだろ、と思った。

「ちっとも幸福になりません。」
「そうかい、どうなったら、お前は幸福になれるんだい。」
「せめて病気が治ったら、幸福だと感ずるかもしれませんが。」

「病気が治ったら、幸福だと思うかい。」
「そう思います。」
「そういう気持では、病気が治っても、ほんとうの幸福にはなれない。」

「なれませんか。」
「いい気分に仕合せになりたいだろう。」
「なりたいですよ。なりたいから、あなたがついて来いと言ったから、
来たんです。

考えろというから、考えたくもないけれども、ほかに仕事がないから
やっているだけの話です。こんなことするのも、自分の病だけでもって、
考えたこともないのに、考えるよりしようがないから、考えています。」

「考えているのかい。」
「考えているつもりです。」
「つもりだけれども、ちっとも考えてはいない。相変わらず、痛いの、
苦しいの。」

「それはそうです。朝から晩まで、私の頭の中にあるのは、苦しいのと、
辛いのだけです。」



次回につづく


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ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
俺のいるところが、お前のいるところ
心の本性は、時間や空間を超えた存在
であるといいますから、悟りの境地から
言えば、物理的にいま地球上の何処にい
るかということは、問題にならなかった、
ということなんだと思います。

「そんなことはどっちでもよいことなんだ。
それよりも時空をこえた存在である心の
本性を悟ることの方が大切なことなんだ」

とカリアッパ先生はおっしゃっているの
だと思います。


2008/10/13(Mon) 22:16 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ここはどこ?
「おれのいるところが、おまえのいるところ」

これは明解でした^^

「いい気分で仕合せになりたいだろう」
「なりたいですよ」

先生はなにもしない
空のちぎれ雲に遠い日本を偲び、小さな虫にさえ懐かしさを感じている天風さんの、やがて起きるであろう天地がひっくり変えるような気づきの到来を、暖かな眼差しで、待っておられる^^
2008/10/13(Mon) 06:35 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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