2008年10月12日 (日) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (73) 


前にもお話いたしましたが、そこでもって、インドの大哲人と
いわれているヨガの大酋長、カリアッパという人に見いだされた
といいましょうか、あるいは気に入られたといいましょうか、

血を吐いて、真っ青になってからに、息のヒイヒイいっている
人間に、いったい、どこに見どころがあるのか。

これが私を、ヒマラヤ第三のピークの、カンチェンジュンガの麓
へつれて行ってくれたのであります。そこが、彼の故郷です。


そうして、毎日毎日、六町一里で三里十八町の山の中に連れて行
かれて、華厳の滝の三倍くらいある大きな滝の前で、座禅を組んで、
いろいろな問題を与えて考えさせようという、考え方をさせられた。

半年ばかり経ってから、毎日、一緒に山にはいった。インドの人間
の中には、この人を垣間見る、顔を見るさえ大きな光栄だと思って
いる人が多いのです。

王様でも、この人の傍へ行くには、膝を折らなければならない。
その人が、よほど気に入ったんだね。いっしょについて行くと、
ちょうど二ヵ年九ヶ月、ずうっとついていてくれました。

あるとき、きいたことのある。
「誰でもあなたは、お弟子にこうやって教えるんですか、」
「いままで、一ぺんもないよ。」
と言う。

「なぜ、私についていてくださるんですか、」
ときいたら、にっこり笑って、
「天に聞け、」

すぐ、天に聞け、なんです。そうして、独りごとのように言ったの
です。「よく歩けないものは、くっついててやらなければなァ、」
歩けない、心の歩みが覚束ないんでしょうなァ。

同じ行にはいるんでも、私がたとえばここに座っているというと、
一町くらい離れた、見えるところにいっしょに座禅を組んで、
この人はもう、悟りきっているんですから、私の様子を監視しなが
ら、自分も坐っている。

あるとき、話しかけた。これから行(ぎょう)にかかろうと思って、
先生は驢馬の背中に乗って行く。私はそのあとから、てくてく、
爪先だけで履ける草鞋で、何しろ、石で出来ているんですからね、
ヒマラヤというのは。

大理石の岩ですよ。そこへ坐ろうとしたときに、にっこり笑って、
「どうだい、すこしは仕合せになったかい、」非常に流暢な英語で
話す人です。

日本の学生のような、アメリカ英語ではない。すこしはどうだ。
幸福になったか、と言って顔を見ている。

ちっとも幸福になっていないのですからね。
幸福になれるのか。私はまだ、自分がヒマラヤの山麓にいるとは、
思いもしないんですからね。



次回につづく


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ジャンル:心と身体
コメント
この記事へのコメント
天に聞け
ヨガの大酋長カリアッパ先生は、よほど天風先生が
お気に入りだったんですね。ご自分でもなぜこうも
天風先生を特別扱いをするのか理解できなくて
「天に聞け」と仰ったのかもしれません。

カリアッパ先生は繰り返し「天に聞け」と仰っている
ご様子ですから「この世のことは理屈だけではわから
ぬぞ」と天風先生を暗に諭されていたのかも知れませ
んね。

私も、
ろくろくブログを何故続けているのですか? と聞か
れたら「天に聞け」と答えることにいたしましょう。


2008/10/12(Sun) 18:59 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
天に聞け
本当ですね。理屈だけでは、わけのわからないことの多いこと。この世に誕生したこと自体、理由はわからない。まさに「天に聞け」としかいいようがないかも・・・
ぽっぽの紹介、おもしろかったです。
懐具合にも、この表現をするということは知りませんでした。
このあたりも時々山鳩が「ぽっぽ、ぽっぽ」と暖かい音を聞かせてくれています。
2008/10/12(Sun) 09:11 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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