2008年10月10日 (金) | Edit |
宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (71)


西暦1909年の春五月、世界中歩いたら、
どこかで偉い奴に、俺の現在の気持が救われるだろう、
という淡い希望で、しかもその希望を焔と燃やして、

日本から密航を、ビザくれませんから結核患者には。
密航して上海に渡って、シナ人になって、

アメリカに密航して、そうして、腹の減った犬が、
道ばたの食い物をさがして歩くように、アメリカだ、
ヨーロッパだと歩いて、二ヵ年。

その間、丈夫な体じゃありません。
ともすれば血を吐き、熱はしょっちゅう。


そうして、結局、道は人に求むべからず。
世界中の人が知らないことを、阿呆め、
うろうろあっちこっち探し歩いて、

必要でもないのにコロンビア大学を出てからに、
医学博士になったりして。

もっともそのために得したのは、その代わり、
日本から行くときには五万円しか持って行かなかった金が、
アメリカでもって、その四倍くらいになっちゃった。

それはどうしてかというと、シナ人の金持ちの華僑が
コロンビアに来ていて、シナという国は乱暴な国だよ。

英語のまるで出来ない奴を留学生によこした。
その留学生が、私にかわりに学校へ行ってくれ。

留学生というから、日本なら、貧弱な懐さびしい学生かと
思ったら、そいつ、ホテルに妻子をつれて来てやァがる。
そうして、二頭立ての馬車に乗って歩いている。

学校に行けばいいのに英語がわからない。毎日毎日、ぜい
たくな遊びばかりやっててね。そいつがかわりに学校へ
行ってくれ。写真も何もある時代じゃないのですから。

そいつの学科は耳鼻咽喉科。分校があるでしょう。コロン
ビアには。半マイル隔たったところにね。あそこへ行って
からに、私はグルンドを研究した。

そうして、一人の人間が、二人分の免状をとっちゃった。
シナ人の方には医学士の免状をとってやって、私は医学
博士の免状を貰っちゃったんだから、しょうがない。

断れない。そうして、私が、日本人、中村三郎でとった
んならめでたいんだけれども、そうじゃない。孫逸郎、
というシナ人の名前で取った。

この、孫逸郎という名前は、シナでしらべたって、戸籍に
ありゃしません。私が自分でこしらえた名前だ。コロンビア
大学には、ちゃんと孫逸郎と書いてある。

けれども、世界じゅうで、俺が孫逸郎だと言って出て行って
も、証明できなければ駄目ですよ。私が出て行ったって駄目
です。すくなくとも証人が三人いなかったらね。

証明してくれるような人は、死んじまって、一人もいやしな
い。だから、事実上、空白な医学博士だ。もっとも、そんな
ものいらないけれどもね。



次回につづく


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この記事へのコメント
ラマナ・マハリシの物凄い死の恐怖
 ラマナ・マハリシは(1879~1950)は、南インドの中流のバラモンの家庭に生まれました。マハリシは「偉大な聖者」という意味で、その名の通り、すでにインド の古典的な賢者の一人、最もインド的なグルとみなされています。

 ごく平凡な屈託のない少年だった彼が、高等学校に通っていた17歳のとき、その 根本的な体験をします。親戚の一人が亡くなったことをきっかけに、彼は死の体験 を直接探求しようとしました。彼は、驚くべき集中力をもって、自分の体が死んで 行くと想像したのです。

 「叔父の家の二階の部屋に一人で座っていたときに、突然、物凄い死の恐怖が私に 襲い掛かってきた。私はめったに病死をしたことがなく、いつもと変わりない健康 状態だったので、その恐怖が身体の異常からくるものであるとは思えなかった。私 はた

だ死んでしまうのだという想いが頭をよぎり、何をすべきかを考えはじめた。 医者や兄や友人たちに助けを求めようという考えは起こらなかった。私はすぐに、 これは自分で解決すべきものだと感じた。

 死の衝撃は私の心を内へと向かわせた。私は心の中でつぶやいた。 『今死がやっ てきた。これはいったい何を意味するのか? 何が死んでゆくのか?この身体が 死んでゆくのだ』。

 私は手足を伸ばして、死後硬直が始まったかのように硬くなっ て横たわり、本物の死体に見えるようにした。私は息を止め、どんな音も漏れないようにした。また『私』をはじめどんな言葉も発することができないように唇をギ ュッと閉ざした。

 『これでこの身体はもうおしまいだ』と私は心の中で呟いた。 『これから斎場へ運ばれ、焼かれて灰になってしまうことだろう。だが身体が死ん でしまえば私も死んでしまうのか? 果たしてこの身体は私なのか? 身体は明ら かに無言で生起がないが、私は私の人格が十分に機能していることを感じているし、 それとは別に、内側から「私」という叫び声まで聞こえてくるではないか! 私と は身体を超越した魂のことなのだ。身体は死滅するが魂は、死によって決して手を 離れられることはないのだ。身体は死滅するが魂は、死によって決して手を離れら れることはないのだ。私とは、不滅の魂なのだ』。

 これらのことは決してとりとめもない漠然とした考えではなかった。それは私に ひらめいた生き生きとした真実であった。

   『私』とはきわめて実在的な何ものかであり、私の現在の状態で唯一実在してい るものであり、私の身体にまつわるすべての意識的な働きは、その『私』に集中さ れた。その瞬間から『私』あるいは真我は、それ自身に注意を集中し、引きつけら れていった。  死の恐怖はこれを最後に消え去った。


2008/10/10(Fri) 17:13 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
西洋医学では救われなかった
天風先生は西洋医学の勉強をし、
コロンビア大学の医学博士にまでなったけれども

結局の所は、彼の病気を治すことができなかった。

西洋医学では救われなかった、
ということを強調したかったのですね。



2008/10/10(Fri) 17:08 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
恐れはあるがままを受け入れないこと
あるがままを見ることはえらくむつかしいことなんですね。今からは、自分が恐怖を感じたとき、何を受け入れてないのか?じーとみてみますね。
ろくろくさん、昨日はクリシュナムルティさんの恐れに対しての長い引用の紹介をありがとうございます。
やまんばも読ませていただきました。
でも、やまんばがこういうことを考えるのは無理です^^
ただ、一箇所・・・「私」という認識の中心がないとき、一定の喜びを経験することをしらないでしょうか。自己が不在であるとき、この状態を経験したことがないでしょうか。・・・・私がそれを一つの全体として完全に統合的に見つめられるときだけ、理解と、自己からの自由があるのです。・・・ここはマハリシさんのところで、何回もでていたので、{もわっ}とわかるような気がしました^^^
ありがとうございました。
2008/10/10(Fri) 09:31 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
 救われたい!
その一念が行動を引き起こしていく。
目的にたどり着くまでに、さまざまな現象が生じていくのですね。別の名前で生きたり、お金で医学士の免状を取得できたり、そんなこんなで、お金が増えたり減ったり、世の中ちっともあてになりませんね^^
誰の人生にも、時として小説の中のようなドラマチィックなことが起きるようですね。

2008/10/10(Fri) 07:54 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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