2008年10月07日 (火) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(48)


ブッダはさらに、修行生活はそのような疑問と無関係であること
を説明した。科学的問題についてどんな結論に達したとしても、
生・老・病・死・悲しみ・嘆きという人生の事実は変らない。

「それらの消滅が、この世で可能であると私は宣言する。だから、
マールンキャプッタよ、私が説いたことをすべて認めなさい。
私が説かなかったことは気にかける必要はない。

君が提出した疑問に、どうして私は答えようとしなかったのかと
いうと、修行生活に何の意味ももたないからだ。


そのような疑問は、君が欲望を離れ、心の落ち着きと深い自覚を
得、ついには涅槃に到達するための助けにはならない。

私は何を説いたか〈苦〉と〈苦の消滅〉と〈苦の消滅に至る方法〉
について説いた。それえこそ修行生活の根本なのだ。」

同じことを、ブッダはシンシャパーの木立ですわっていたとき、
何人かの僧に話しかけたことがある。数枚の木の葉を手にとると、
ブッダは言った。「私の手の中の葉と、この木に茂る葉とでは、
どちらの枚数が多いだろうか。」

「木に茂る葉のほうがずっとたくさんあります。」
と、僧たちは答えた。

「私が悟り、皆に解き明かした真理と、まだ説いたことがない真理
とを比べても、同じことが言える。私が説いたことのないものは、
修行生活の役に立たず、精神的向上の助けとならない。私が解き明
かしたのは、苦の本質と、いかにしてそれを克服するかであった。
それこそ涅槃に導く真理である。」

ブッダが教条主義を歓迎しなかったのも不思議なことではない。
哲学的思弁が本質的に無益なら、神学上の教条にとらわれることは
なおさらそうであろう。

これをおもしろく描くブッダにまつわる有名な逸話がある。
この話は、仏教と結びつけなくても、なんらかの形で聞いたことが
ある人はたくさんいるだろう。

あるとき、ブッダがサーヴァッティーに滞在していた折りに、
大ぜいの苦行者や学者が集まっていた。彼らは哲学上の問題を議論
していたが、すぐにマールンキャプッタを悩ませた疑問、すなわち
世界は永遠であるか、無限であるか、肉体と精神は別々であるか、

生涯の内に悟りに達するか等をにぎやかに討論しはじめた。議論は
ふっとうして、ついに学問的なレベルから個人攻撃に変ってしまった。
とうとうブッダが仲裁を求められ、彼は次のような寓話によって、
この問題を解決したという。

昔、ひとりの王がいて、余興に、生まれつき目の不自由な人を大勢
連れてこさせた。そして一頭の象を引き入れて、盲人たちの真中に
立たせた。

盲人たちは手を伸ばし、身近にある象の身体の一部に触れるよう指示
された。その結果、ある者は頭に触れ、ある者は耳に触れ、ある者は
牙に触れ、また別な者は鼻、足、尾などに触れた。ひとりは尾の先の
房に触れた。

そこで王は盲人たちに、いったい象は何に似ていると思うかと順番に
たずねた。



次回につづく


↓↓↓あなたの応援↓↓↓(1日1クリック)お願いします。

にほんブログ村 哲学ブログへ人気blogランキング精神世界 ランキング



テーマ:宗教・信仰
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
ゾウの乗り心地は?
象は、インド(アジア)象とアフリカ象とがあるようですね。
以前インドに行った折にインド象に乗ったことがありました。

下の最初の写真のように象の背中に櫓のようなものが乗って
いて、その上に大の大人が5~6人も乗るのです。

ゾウの乗り心地は? ご想ゾウにおまかせします。

http://image.blog.livedoor.jp/cobi_style/imgs/c/9/c93b3f5b.JPG
http://www.kosaiji.org/pilgrim/india2/06_quarry/1516b.jpg
http://www.kosaiji.org/pilgrim/india2/06_quarry/1509b.jpg


インド象の体表面積を求める公式とは?
インド象(アジアゾウ)の体表面積は以下の公式で求めることが出来る。
体表面積=8.245+6.807×身長+7.073×前足の太さ
(注)ゾウの身長とは足から肩までを指す。

インドのケララ農業大学の偉い方が考えたこの公式は、
ゾウへ投薬する薬の量を算出する際に使われることを目的としている。


2008/10/07(Tue) 18:12 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
人間のタイプ
何かを始めるときに、道具や理屈がきちんとわかってからでないと、スタートできない人もいれば、とりあえず、行動しながら、じょじょにわかっていく人もいる。みんな同じところに辿り着くのだけど、どの道を選んでいくかは各々の性格・タイプだとおもうのです。やまんばは人間の数ほど、道は存在するとおもうので、この象さんのお話は理解にさまざまなレベルがあるという分かりやすいたとえ話だと思いました。
わたしなどは象の耳にちょっと触っただけで、「はい、わかりました。象はきくらげみたいです!」と真面目な顔していうタイプなので、身にしみます。
2008/10/07(Tue) 08:29 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック