2008年10月05日 (日) | Edit |
H. サダーティッサ著 桂紹隆・桂宥子訳「ブッダの生涯」立風書房より(46)


皆はもう一度別の説法者を探そうと考えた。
すると、アーナンダに出会った。

彼らはそこに来た理由と、レーヴァタやサーリプッタから
望みの説法を聞けなかった次第を説明した。

アーナンダは折衷案を試み、やさしい言葉で短い説法をした。
それでも彼らは満足せず、とうとうブッダのところへ
不平を訴えに行った。

ブッダは次のように説いた。
「昔から他人を批判するのが、人びとの常です。


何も言わぬ人も、多く語る人も、そのどちらでもない人も、
他人の批判は免れません。誰でも、たとえ王といえども、
時には非難され、時には賞賛されるものです。

大地や太陽や月も、集会で話している私自身でさえも、
ある人には批判され、また他の人にはほめられます。しかし、
安易な非難や賞賛はどうでもいいことです。大切なのは真に
思慮分別のある人がほめるかどうかです。」


現代の学者たちは好んでブッダの教えの哲学的意味を論じる。
たとえば、魂についてブッダは本当はどう考えていたか(古典
的なインド思想では、魂は各個人に潜む神性であり、最終的に
は宇宙的な魂との再結合を求めるものとされる)。

ブッダは客観的に神の存在を信じていたか。
仏教は本当に宗教と呼ぶことができるだろうかなどと。

ブッダは決して哲学的思弁に反対したわけではなかった。
たとえ伝説上の粉飾があったとしても、ブッダが当時の誰にも
劣らぬ鋭敏な頭脳の持ち主であったことは、伝説がじゅうぶん
示している。

また、当時の説教と対抗するためにも、ブッダの教えには何らか
の哲学的構造が必要であった。しかし伝記によれば、ブッダが
哲学的思弁の価値を限られたものとみなし、悟りへの道の追求か
ら人びとの気をそらすものとして信頼しなかったことは明らかで
ある。

ブッダの教えの核心は、人生は明らかに苦悩に満ちているが、
適切な訓練と努力によって、苦悩から解放され、日常経験を超越
した〈充足〉を見出し得るという点にある。

ブッダはしばしば真理について語っているが、それは客観的実在
の記述や説明ではなくて、この〈充足〉のことである。この
〈充足〉を求める努力は、それを達成すれば、通常の意味での
客観的実在は無意味になるという確信を暗に前提している。

これは〈論点先取りの誤り〉であると非難されるかもしれない。
ある方法を、実際に試さないで、どうして確信することができ
ようか。そのような非難自体、ブッダは無意味なものとして退け
ている。

一分でも、一時間でもそんなことを考えるのは、悟りを得るのを
それだけ遅らせることになるからである。ここでは、ブッダの教え
に対する確信こそが問題なのである。

ブッダが哲学的な議論を歓迎しなかったという逸話や寓話はたくさ
んあるが、そのひとつにマールンキャプッタという僧の話がある。




次回につづく


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コメント
この記事へのコメント
肩こり
欧米では、今でも「肩こり」はなく
おそらく按摩もなかったのだと思います。

日本製のマッサージ機が売れ始めているよう
ですから、これからは欧米人も肩こりになる
ことでしょう。

夏目漱石の「肩凝り」という造語によって
日本人もしっかりと「肩こり」を獲得した
のかもしれません。


他人を批判することで人は一瞬自分の劣等感を
忘れることができるのです。劣等感のない人は
あまりいないでしょうから、他人を批判するのは
これからも人々の常ですね。

ブッダやキリストさえも非難は免れないのですから、
人には非難、批判されるものだと思っておくことで
す。



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2008/10/05(Sun) 18:32 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
まちがえました^^
コメントしながらなんか変と思いました。ごめんなさい。漱石さんは言葉を造ったのであり、発見されたのではないのですね。
2008/10/05(Sun) 12:31 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
他人を批判するのは人々の常。
「大地や太陽も月も、何も言わぬ人も多くを語る人も、ブッダやキリストさえも・・・他人からの批判は免れません。」今後、自分や人、あらゆるものに対しての批判の言葉が自分の口から、出てこないように、見守りたい!と心から思うのです。みんな宇宙の仲間で、綿密につながっていると漠然とではありますが思えるからです。

「ブッダの教えの核心・・人生は苦悩に満ちているが、適切な訓練と努力によって、苦悩から解放され、日常経験を超越した<充足>を見出しえるという点にある。」ここが救いでした。

ろくろくさん、昨日のコメントの夏目漱石の造語のお話、やまんばはびっくりしました。肩凝りという言葉も漱石の造語で、日本人の特有の症状で外国の人では、あまり知られていない・・これにも驚きました。

それなら、あの気持ちの良い按摩もないのかなあ??
2008/10/05(Sun) 12:09 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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