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2008年09月28日 (日) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(59)

弟子 しかし、なくなった写真に関して言えば、
できごとのすべてはシュリ・バガヴァンの眼の前で
起こったのです。

マハリシ 写真を見たこと、それがなくなったことは、
あなたの今の問いと同じように、すべてただ心の働き
にすぎない。

この点について説明しているプラーナの中の物語がある。

かのシーターが森の隠者小屋からさらわれてしまったとき、
ラーマは「おおシーター、シーター!」と嘆き悲しみながら
彼女を探しまわった。


森の中のそのできごとを、天からパールヴァティ(シヴァ神の妃)と
パラメシュヴァラ(シヴァ神の別名)が見おろしていた。

パールヴァティは驚いてシヴァに言った、「あなたは、ラーマは完
全な存在であると称賛されたではありませんか。ごらんなさい。
ラーマはシーターがさらわれたといってあんなにも嘆き悲しんでいる!

シヴァは答えた、「そなたがラーマの完璧性を疑うなら、自分自身で
試してみるがよい。そのたのヨーガマーヤー(幻力)でシーターに変身
し、ラーマの前に現れてみよ。」パールヴァティはそうした。

パールヴァティはシーターにそっくりの姿でラーマの前に現れた。
けれども驚いたことには、ラーマは彼女の存在を無視して同じように
「おおシーター、おおシーター!」と呼びながら、まるでめくらのよ
うに嘆きながら探し歩き続けた。

弟子 私にはそのお話の意味を理解することができません。

マハリシ ラーマがシーターの身体的存在を探していたのだったら、
彼の前に失われたシーターとして立っているその人を、当然認めた
にちがいない。しかしそうではなかったので、失われたシーターは
彼の目の前に現れたシーター同様に、そこにはいなかったのである。

ラーマは、本当に盲目ではなかった。しかしラーマにとって、つまり
ジュニャーニにとっては、以前に隠者小屋にシーターがいたこと、
彼女がいなくなったこと、その結果彼女を探し求めていることは、

シーターに変装したパールヴァティが目の前にいることと同じく、
すべて等しく非現実のことだったのである。なくなった写真のことが
どういうことかわかったかね。

弟子 よくわかりましたと言うことはできません。さまざまな方法で
感知され、触れられ、見られる世界は、夢のようなもの、幻影なので
しょうか?

マハリシ もしあなたが真理を求め、真理のみを求めるならば、
世界を非現実なものとして受け入れる以外に方法がない。

弟子 なぜでしょうか?

マハリシ あなたが世界は実在であるという考えを棄てないかぎり、
あなたの心は世界を追いつづけるだろうという、簡単な理由からで
ある。

存在するものはただ実在だけであるのに、現われを実在と思っていれ
ば、けっして実在そのものを知ることはできない。
この点は「蛇とロープ」の類推で明かされている。

あなたがそこに蛇を見ているかぎり、ロープを見ることはない。
実在しない蛇があなたには実在し、本当のロープはまったく
実在していないもののように見えるのである。



次回につづく


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テーマ:宗教・信仰
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
マハリシの弟子=ろくろく
今日のマハリシの弟子の言葉は、
昨日の私のコメントと何かと重なっております。


弟子(ろくろく) よくわかりましたと言うことはできません。
さまざまな方法で感知され、触れられ、見られる世界は、
夢のようなもの、幻影なのでしょうか?

マハリシ老師は、(ろくろくに)
「もしあなたが真理を求め、真理のみを求めるならば、
世界を非現実なものとして受け入れる以外に方法がない。」
とおっしゃっているわけであります。

そして、
「あなたがそこに蛇を見ているかぎり、ロープを見ることはない。
実在しない蛇があなたには実在し、本当のロープはまったく
実在していないもののように見えるのである。」

と答えておられるわけであります。





2008/09/28(Sun) 20:35 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
ラーマーヤナ
『ラーマーヤナ』は、『マハーバーラタ』と並び称される
古代インドの大長編叙事詩。全7巻。「ラーマ王行状記」の意味。
サンスクリットで書かれており、その長さは48,000行に及ぶ。
ヒンドゥー教の神話と、古代英雄であるコーサラ国のラーマ王子
に関する伝説をまとめたもの。

ラーマ(Rāma)は、『ラーマーヤナ』の主人公。
イクシュヴァーク王統に生まれた薔薇色の瞳を持つ英雄で、
インドの理想君主像であり、アルタ体現したとされる。
神話上は、ヴィシュヌの権化。シーターを妃とした。

シーターはダンダカの森で羅刹の王ラーヴァナにさらわれる。
ラーマがシーターを取り戻すための戦争が『ラーマーヤナ』の主題
となっている。


ラーマーヤナ
http://www5b.biglobe.ne.jp/~mizuta/mizutasekaisi/4rama.htm
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/2995/sita.htm

ラーヴァナにさらわれるシータ
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/ac/Ravi_Varma-Ravana_Sita_Jathayu.jpg


2008/09/28(Sun) 20:31 | URL  | ろくろく #-[ 編集]
印象に残る言葉
「存在するものはただ実在だけなのに、現われを実在と思っていれば、けっして実在そのものを知ることはできない。」

「・・・ラーマがシーターの身体的存在(現れ)を探していたのだったら、彼の目の前に失われたシーターと立っているその人を、当然認めたにちがいない。しかしそうではなかったので、失われたシーターは彼の目の前に現れたシーター同様にそこにはいなかったのである・・・」

頭の中身を総替えしないといけないようです

何回も何回も話していただいている
頭の中のパズルを、その度に動かしている
ピタッとすべてがはまる理解の日がやってきますように・・・

しかし今日は組み立てていたパズルを全てひっくり返した・・一からやり直し^^そんなお話でした

あれまあ~~きっと頭がカチコチなんだわ・・・

しかし、以前のように深刻ではない、遊んでいるような感覚でなんだか楽しいです^^^


2008/09/28(Sun) 07:38 | URL  | やまんばさん #-[ 編集]
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