霊的な教え(12) …… 経験(アヌバーヴァ)(2)
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(19)
6 身体およびそれに生命を与える自我は、どこででも現実に
無数に見ることができます。それなのにどうして自己が唯一者
と言えるのでしょうか?
「私は身体である」という考えが受容されるならば、自己は多様
である。この考えがやがて消えてしまった状態が自己であり、
その状態にあっては他の対象物は存在しない。自己が唯一者と
見なされるのはこのためである。
7 ブラフマンは心によってとらえられるが、それと同時に、
心によってはとらえることができないと言われています。
その根拠は何でしょうか?
6 身体およびそれに生命を与える自我は、どこででも現実に
無数に見ることができます。それなのにどうして自己が唯一者
と言えるのでしょうか?
「私は身体である」という考えが受容されるならば、自己は多様
である。この考えがやがて消えてしまった状態が自己であり、
その状態にあっては他の対象物は存在しない。自己が唯一者と
見なされるのはこのためである。
7 ブラフマンは心によってとらえられるが、それと同時に、
心によってはとらえることができないと言われています。
その根拠は何でしょうか?
2008-05-31 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 1 | tb : 1
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