霊的な教え(7) …… 実践(アビャーサ)(5)
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(14)
13 純粋な知識である自己と、関係的な知識である三要素
(知る者、知られるもの、知識)との間に、どのようにして関係が
できるのでしょうか?
それはいわば、次に示す映画の仕組みのようなものである。
フイルムがレンズをとおしてその陰を投げかける間は、
スクリーン上に像が映されるのと同じく、
潜在的な心の印象があるかぎりは、
夢を見ている人や眼が覚めている状態の人には
現象世界が現れつづけるだろう。
13 純粋な知識である自己と、関係的な知識である三要素
(知る者、知られるもの、知識)との間に、どのようにして関係が
できるのでしょうか?
それはいわば、次に示す映画の仕組みのようなものである。
フイルムがレンズをとおしてその陰を投げかける間は、
スクリーン上に像が映されるのと同じく、
潜在的な心の印象があるかぎりは、
夢を見ている人や眼が覚めている状態の人には
現象世界が現れつづけるだろう。
2008-05-26 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 1 | tb : 0
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