碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

和解(つづき)

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (58)


あなたの敵が苦しんでいる様子が見えてきたら、
自分の洞察力が深まってきた証拠です。

自分のなかに、他人の苦しみを消してあげたい、
という願いが芽生えてきたら、
本当の愛が生まれる兆しです。

しかし気をつけなければなりません。
自分が実際よりも強く思えるときがあるからです。

本当の自分の力を試すには、相手のところへ行って、
その人の話に耳をかたむけ、話をしてみてください。


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2008-03-31 | 瞑想法 |  コメント : 2  |  tb : 0

和解

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (57)


私たちが他人を傷つけ、
その人たちに目の敵にされたときには
どうすればよいでしょうか。

相手は家族の一員かもしれないし、
同じ共同体の人、あるいは外国の人
であるかもしれません。

答えは簡単です。
あなたがすべきことは、
ほんの少ししかありません。

まず第一に、
機会をつかんで相手にこう言うことです。


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2008-03-30 | 瞑想法 |  コメント : 2  |  tb : 0

木の葉のように私たちにもたくさんの茎がある(つづき)

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (56)


川も、森も、木こりも、農夫も、みんなわたしたちと
つながっているのです。この地球のあらゆるものと
私たちはつながっているのです。

この宇宙のあらゆるものと私たちはつながっているのです。
何百何千という茎でつながっているのです。

これらが一体となって私たちを支え、
私たちのいのちをいとなませてくれているのです。
あなたと私をつなぐ茎が見えますか。

あなたがそこにいなければ、
わたしはここに存在することはできません。
これは確かな事実です。


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2008-03-29 | 瞑想法 |  コメント : 2  |  tb : 0

木の葉のように私たちにもたくさんの茎がある

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (55)


ある日、秋の公園で、
小さなハート型をした美しい木の葉を見つめて、
観想に浸っておりました。

その葉はすっかり紅葉し、
あやうげにえだからぶらさがっていたのです。

私は長いあいだ、
その一枚の葉のところにとどまって、
この小さな葉にいろいろな質問を浴びせかけて
いました。


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2008-03-28 | 瞑想法 |  コメント : 2  |  tb : 0

こころのエコロジー

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (54)


私たちは調和ある平和な社会を必要としています。
平和の基盤は生命の尊厳や生命への畏怖の精神に
あります。

人類にかぎらず、動物や植物、鉱物に至るまでの
全生命に対して、敬意を示して生きてゆくことが
とても大切です。

岩といえども生きています。
私たち人間は、岩を潰すことができるように、
地球を破壊することもできるのです。


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2008-03-27 | 瞑想法 |  コメント : 3  |  tb : 0

気づきを育てる

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (53)


私たちが食卓について、食欲をそそるおいしい料理を
目の前にしているときでも、飢えに苦しむ人々の痛みに
気づくこころを育てることができます。

毎日四万人の子どもたちが飢えで栄養失調になり、
いのちを落としています。この数字は毎日の数字です。

こういった数字を耳にすると、
ショックを受けずにいられません。

自分の食卓の料理を深く見つめたみたら、
私たちをはぐくんでいる母なる大地が見えるし、


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2008-03-26 | 瞑想法 |  コメント : 3  |  tb : 0

気づきの生活の方法

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (52)


自然は私たちの母親です。
この母なる自然から切り離されるから、
私たちは病むのです。

いまや多くの人々が、
マンションという箱のなかで、
地上からはるかに高いところで
生活しています。

周囲をセメントや金属、
その他の堅い材料に囲まれ、
土に触れる場所などありません。

もうレタスを植えて育てることも
しません。

私たちが病気に苦しむのは、
このように母なる大地から離れて
暮らしているからです。


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2008-03-25 | 瞑想法 |  コメント : 3  |  tb : 0

深く見つめる

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (51)


ものを見るためには、
深く見つめなければなりません。

清く澄んだ川で楽しく泳ぐ人は、
その川と一体になることができます。

ある日、それは私が最初に渡米したときだったか、
二、三回目のときでしたか、

ボストン大学で友人と昼食をとりながら
チャールズ川を見下ろしていました。
祖国を離れて長い月日が経っていました。

その川を眺めているうち、
居ても立ってもいられなくなって、
友人を残して川へ下りてゆきました。

いつも国でしていたように、流れに足を浸して、
顔や足を洗いました。川から戻ると、友人の教授が
こう言いました。


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2008-03-24 | 瞑想法 |  コメント : 2  |  tb : 0

サーテンリー

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (10)


「お前は自分でやることだけはやった
と言うが、どうかな。

たった一つの大事なことを
お前は気がついていない。

それがわかればお前は助かるんだよ。
だから、俺について来い。」

このとき、あなた方ならどうだろう。
ご親切にありがとうございますが、
失礼ですが、あなたはどういうおつもりで、

重い病いで死に目に近くなっている私を、
助けてくださる気におなりになったのですか。


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2008-03-23 | 健康法 |  コメント : 3  |  tb : 0

お前、俺にくっついて来いよ

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (9)


ところが、ぐうぜんの機会からインドに行きまして、
インドへ行ったというと体裁がいいのですが、
インドへ連れて行かれた。

それも行きたくて行ったわけじゃありません。
非常に憧れて行った旅でないのはもとより、

インドへ行って、ヨガの哲学を研究するという
ようなことは、始めから知らされていない。

偶然の行きずりに、
カイロの宿屋で出会ったおたがい旅人同士の人から、


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2008-03-22 | 健康法 |  コメント : 3  |  tb : 0

傲慢なうぬぼれ

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (8)


今日から、あなた方が毎日過ごされるに
必要な注意を申しあげる筈ですが、
始めてこういう話を聴く人は、何かこう、

無理矢理にでも、天風の言うことは無条件で
受入れろ、とでも言っているように聞くかも
わかりません。

決してそうではないのであります。

あなた方もいままで、人生に生きて来られた
以上、大なり小なり、自分というものを考え
てこられたに相違ない。


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2008-03-21 | 健康法 |  コメント : 3  |  tb : 0

ものの半面だけしか見ていない

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (7)


「お前は生きることばかりを
考えているけれども、

生かされている方面の命を、
どうすれば正しく生かしていけるか、
それを考えなければ駄目じゃないか。

生存に対する生命のバイブレーション
というものが、絶対に必要だということを、
お前は考えていない。

お前はただ、生きよう、生きよう、
という努力をしているだけだ。
それじゃ駄目だ。


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2008-03-20 | 健康法 |  コメント : 3  |  tb : 0

人間に関する根本的な大事なこと

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (6)


あなた方は、自分が生きていることは、
死んでいない以上、よくご存じです。

どんなとぼけた奴でも、「いやァ、俺は
ひょっとすると死んでやァしないか、」
と思っている人はいない。

生きているというこの現実の、
生命のコンディションの中に、

生かされている部面と、
生きなければならない部面との二つが
あることに、気がついていますか。


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2008-03-19 | 健康法 |  コメント : 3  |  tb : 0

心身統一法の根本

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (5)


人間はどうしてものを考えるのか、
嬉しいときは嬉しいと感じ、
いやなときはいやだと感じ、

いまこういう話を聞いていても、
非常に感動して聞いている人もあれば、
悪口ばかり言われている医者なんていうものは、

「ざまァ見ろ、畜生め。てめェが医者になって見ろ。
医者になっていないから、そんなことを言やァがる
んだ。」なんていう顔をして、私を睨みつけて、

非常なコンプレックスを感じている人も
あるでしょう。


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2008-03-18 | 健康法 |  コメント : 2  |  tb : 0

道は法を知って達する

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (4)

しかし、そうは言っても、科学時代の人間が、
科学によって研究されている医学を、
無視することは出来ない。

と言われるかも知れない。もちろん、
無視しちゃァいけません。

無視しろと言っているんじゃないんです。
医学に全生命をあずけることが、むしろ、
極めて策を得たものでない、という考え方で、
私は申し上げているのです。


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2008-03-17 | 健康法 |  コメント : 2  |  tb : 0

これは医者が一番よく知っている

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (3)


これはお医者さんが一番よく知っている
ことだけれど、なるほど、昔と今とくらべると、
医学は今のほうが進歩している点もあります。

昔はどうにもしようのなかった病でも、
今は治るという場合もあるが、万病これすべてが、
ことごとく治るようになっているんじゃないでしょう。

これは医者が一番よく知っている。
抗生物質の発見によって、バクテリアやバーチリスの
関係する病いは、なるほど二十年前と今日では
比較にならぬほど治りかたが目ざましい。


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2008-03-16 | 健康法 |  コメント : 3  |  tb : 0

金持ちに限って体が弱い

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (2)


そのうえ、なかには、不健康だとか不運命だとかいうものは、
人生の逃れることのできない約束ごとで、これがあるのが
人生だと、そういうふうに、古いショーペンハウエル流の
哲学を、いまだに信奉して生きているひともあります。

しかし、それで自分の気持ちだけは幾分か慰められる
としても、現実の人生というものは、それでは救われない
でしょう。

また、たとえ運命がどんなによろしかろうと、
健康が思うにまかせない状態では、毎日どんなでしょうか。

運命が順風に帆を上げたような状態で、相当に金もある。
そういう人たちは、金の力を持ってしさえすれば、

健康なんていうものは簡単に自分のものになし得るもの
であるかのごとく、軽率な考えかたをしている
仕合せ者が多いのであります。


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2008-03-15 | 健康法 |  コメント : 3  |  tb : 0

人生は理屈ではありません

宇野千代著「天風先生座談」二見書房より (1)


みなさん。ようこそおいでになりました。
私が中村天風であります。

さて、今日から私の話を聴くためにお集まり
くださったみなさんに、できるだけ率直簡明に、
心身統一の方法をお話しすることにいたしましょう。

人生は理屈ではありません。
生きているということは、
どこまでいっても現実であります。

夢のようなうつつのような世界でないのが
人生であります。そしてしかも、これも真剣に
お考えにならなければならない問題ですが、

言われればああそうかと気がつくのですが、
たいていの人が気がつかない。


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2008-03-14 | 健康法 |  コメント : 0  |  tb : 0

長老の教え

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (60)


ユダヤのお話だったと思うが、
私の好きな話がある。

ある長老はいつも有り難い教えを
話されるので、多くの人が弟子と
なってそれを聴いた。

この長老があるとき、
「吠える犬は怖くはない」という
話をされた。


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2008-03-13 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 2  |  tb : 0

ユングの死夢

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (59)


前頁に明恵上人の死夢を紹介したが、
現代においてもそのようなことは
生じるのである。

ユング(1875-1961)も夢を大切にした人
であるが、彼の死後、彼の弟子の語る
ところによると、

彼は次のような夢を見たことを告げ、
死の準備のための夢と思うと言ったという。


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2008-03-12 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 2  |  tb : 0

死夢

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (58)


鎌倉時代の名僧、明恵上人はその生涯にわたって
自分の夢を記録していた稀有な人である。

彼の残した『夢記』を見ると、
実に偉大であることがわかる。

私はそれを基にして、『明恵 夢を生きる』
(京都松柏社)という書物を書いたりしたが、

今回は明恵自身が、「死夢と覚ゆ」と言った夢を
紹介しよう。

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2008-03-11 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 3  |  tb : 0

大拙と小石

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (57)


以前にも紹介したことがある、
日野原重明『老いと死の受容』(春秋社)に、
鈴木大拙の晩年と死のことが語られている。

鈴木大拙は国際的に活躍した禅学者である
ことは、周知のとおりである。

ここに語られる大拙の晩年はいろいろと
教えられることが多いが、そのなかで次の
ようなひとつのエピソードのみを今回は
取りあげる。


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2008-03-10 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 3  |  tb : 0

十牛図

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (56)


禅に「十牛図」(牧牛図とも言われる)
というのがあるのをご存知だろうか。

禅の悟りに達する過程が、
十枚の図(時に四枚、六枚のものもある)
で表現されている。

中国の廓庵禅師によって描かれた「十牛図」
が有名であるので、それをごく簡単に紹介
しよう。


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2008-03-09 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 2  |  tb : 0

うまい

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (55)


今まで別居していたが、
姑が死亡して年老いた舅が
同居してくることになった。

長男の嫁は緊張した。
何とか上手に同居をやり遂げたい
と思った。

特に食物の好みが心配だったが、
案ずるより産むが易しで、

何をつくっても舅は「うまい、うまい」
と喜んで食べるのである。


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2008-03-08 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 2  |  tb : 0

老人の使命

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (54)


1920年代のころ、スイスの分析家、
ユングはアメリカのプエブローインディアン
のところに訪ねてゆく。

そこで、彼はインディアンの老人たちが
ヨーロッパの老人とは比べものにならない

「悠然とした落ち着き」と「気品」を
そなえていることに気づく。

うらやましく思って、
何とかその秘密を知りたいと思った。


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2008-03-07 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 3  |  tb : 0

跡で芽をふけ

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (53)


木枯や跡で芽をふけ川柳

これは川柳の始祖とも言うべき、
柄井川柳の辞世の句として伝え
られているものである。

川の柳と川柳とをかけ、
死んでもまた後で芽ぶくようにと、
再生の願いをこめたとも言えるし、

自分が死んだ後も「川柳」は再生
しつづけることを願ったとも言える
辞世である。


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2008-03-06 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 3  |  tb : 0

二つの太陽

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (52)


ある六十歳近いご婦人が、
つぎのような夢を報告されたことがある。

「夕日が美しく沈んでゆくのを見ていて、
ふと後ろをふりむくと、
もう一つの太陽が東から昇ってくる」

この夢はこの方のおかれている状況を
あまりにもよく表現しているように思われた。


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2008-03-05 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 4  |  tb : 0

呪文

河合隼雄著「老いのみち」読売新聞社より (51)


遠藤周作『生き上手 死に上手』を読んだ。
「死に上手」とは面白い言葉であるが、
題名から推察されるように、

老後の生き方について多くのヒントを与え
くれる書物である。

そのなかで非常に面白いと思ったことは、
「『呪文』のように心のなかで唱える」
という文がよく出てきたことであった。


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2008-03-04 | 深層心理、精神分析 |  コメント : 4  |  tb : 0

太陽は私の心臓

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (50)


もし心臓がとまったら、
いのちの流れもとまってしまうことを、
みんなよく知っているので、
心臓を大切に扱います。

しかし体の外にあるものもまた、
私たちが生きのびてゆくために不可欠な
ものだとは思わないのです。

私たちが太陽と呼んでいる膨大な光を
考えてみてください。

もし太陽がかがやくのをやめたら、
私たちのいのちの流れもとまってしまいます。


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2008-03-03 | 瞑想法 |  コメント : 4  |  tb : 0

平和を維持すること

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (49)


もし地球があなたの体なら、
自分の体のあちこちが苦しみ、
痛んでいるのが感じられるのでは
ないでしょうか。

いま世界の至るところで、
戦争や政治的経済的抑圧、飢餓、
公害などが人々を苦しめています。

子どもたちは毎日のように栄養失調で
失明したり、わずかな食料を求めて、
力なくごみの山を漁っています。

大人も圧制に抵抗して投獄され、
静かにこの世を去っています。


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2008-03-02 | 瞑想法 |  コメント : 3  |  tb : 0

花と生ごみ

ティク・ナット・ハン著「微笑を生きる」春秋社より (48)


不浄と清浄。汚れと無垢。
このふたつはともに、
私たちの頭がつくった対立概念です。

庭から切ってきて花瓶にさしたバラは、
清らかで美しく、ほのかな薫りを放ち、
新鮮ないのちに満ちています。

これに対して生ごみ入れは嫌な腐敗臭がして、
朽ちゆくもので満ちています。

しかし、このちがいは、ただ表面的に見たとき
の状態にすぎません。もっと深く見つめると、
ほんの五、六日すると、バラはごみくず同然に
なってしまいます。


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2008-03-01 | 瞑想法 |  コメント : 4  |  tb : 0

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