本来のすがたに戻ること(真如)
仏教で「真如」というと、
「ものごとや人間の本質、あるいはその本性」
のことをさします。
人はだれでもそれぞれの真如を持っているのです。
だから他人と一緒に仲良く暮らすためには、
相手の真如も知らなければなりません。
それに気づけたら、
おたがいのことがよくわかって、
喧嘩もせず、一緒に仲よく暮らしてゆく
ことができます。
2008-01-31 | 瞑想法 | コメント : 5 | tb : 0
ともに生きること
私たちがおたがいの幸福を守りながら、
ほかの人と一緒に暮らすためには、
おたがいがつくりだすこころのしこりを、
うまく解きほぐしてゆく努力をして
ゆかなければなりません。
言葉のはしばしに思いやりのこころを忘れず、
相手を理解しようと努めれば、
おたがい同士が大いに高められてゆきます。
こうなると幸福は、
もはや個人のものではなくなります。
2008-01-30 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
こころのしこり(つづき)
呼吸に気づく練習は、
こころのなかで結ばれてしまった
しこりを見つけだすよい方法です。
自分のなかのイメージ、感情、思考、
言葉、行動に気づいたら、
自分にこう尋ねてみてください。
あの人がああ言ったとき、
私はなぜ不快感を感じたのだろうか?
どうしてあんなことを言ってしまった
のだろう?
2008-01-29 | 瞑想法 | コメント : 4 | tb : 0
こころのしこり
仏教心理学で使う言葉に「こころの形成物」「束縛」
あるいは「しこり」を意味する用語があります。
感覚器官を通じて何かをインプットすると、
その情報の受容の仕方によっては、
こころのなかにしこりができます。
だれかが私たちの悪口を言ったとき、
もし相手がなぜそのようなことを言うかわかっていて、
その言葉を深刻に受けとらなければ、
こころはまったく動揺しません。
2008-01-28 | 瞑想法 | コメント : 6 | tb : 0
怒りのルーツ
怒りは自分自身の無知のために起こることもあるし、
不快な事態を引き起こした直接的、かつ、その背後
にある根深い原因を十分に理解していないために
起こることもあります。
怒りの根が、欲望や慢心、興奮、猜疑心であることも
あります。しかし、もっとも大きな根は、自分自身の
なかにあります。
外部の条件や他人は二次的な原因にすぎません。
2008-01-27 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
じゃが芋を料理する
しばらく気づきの観察をしていると、
気づきの温かい光のおかげで、
怒りのもとになった原因が見えてきます。
瞑想は物の本質を深く見つめてゆく手段です。
自分の怒りを見つめていると、
その根が見えてきます。
誤解、要領の悪さ、不正、恨み、
感情的条件反射など、
いろいろな原因がすがたを現わすでしょう。
2008-01-26 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
腹が立ったら歩く瞑想
腹が立ったら外へ出て、
歩く瞑想をしてみてください。
新鮮な空気、緑の樹々、植物たちが、
みんなで助けてくれます。
練習の仕方はこうです。
2008-01-25 | 瞑想法 | コメント : 6 | tb : 0
枕たたき
怒りを外にむかってぶちまけることは、
怒りの処方箋としては、
最高のものではありません。
怒りをいったん外にむけてぶちまけるということは、
意識の深層で、わざわざ腹を立てる練習やリハーサル
をして、もっと強烈な怒りに育てあげるようなものです。
相手に怒りをぶつけてしまったら、
双方ともにずいぶんと傷ついてしまいます。
なかにはすぐ自分の部屋に駆け込んで、ドアに鍵をかけて、
枕を叩いて怒りを解消する人もいます。
これを称して「怒りの解消法」といいます。
2008-01-24 | 瞑想法 | コメント : 5 | tb : 0
養生法は「気休め、骨休め、箸休め」の三つ
五木 私は、治療の時代はとっくに終わって、
いま養生の時代がはじまっていると思うんですよ。
人間というものは、オギャーと生まれた瞬間から
死を内包していて、HIVなんかは、感染しても
発症しないことが、ままあるようですが、
死はかならず発症する。
人は死のキャリアとして生まれ、死は治療できない
んだから、結局は、養生法も気休めと思って
やらなければだめだというのが持論です。
それは軽くいっているんじゃなくて、
気を休めるって大事なことでしょう。
いまの人は、気が疲れているんだから。
2008-01-23 | 健康法 | コメント : 6 | tb : 0
明日死ぬとわかっていてもするのが養生
……
帯津 今日、出かけるとき、婦長たちに
「先生、今日はなんだか緊張していますね」
といわれました。
滅多に緊張しないほうですけど、
いよいよ五木さんにお会いできるとなると、
やっぱり……(笑)。
先にもお話しましたが、私の病院ではホメオパシー
(ごく少量の物質を投与することにより自己免疫力を
高める療法。原料は植物、鉱物などのエッセンスで、
なかには毒物もふくまれる。その療薬が「レメディ」)
をやっておりますでしょう。
2008-01-22 | 健康法 | コメント : 9 | tb : 0
長生きは、ほんとうに幸せか(つづき)
五木 私は、ほんとうは、平均寿命を
下げたほうがいいと考えているんです。
八十歳なら八十歳前後にして。
たとえば、少子化傾向が問題だとか、
いろいろいわれているけれども、
インドみたいに、やがて十五億になって、
中国を越えるだろうといわれると、
これまた問題なんですよ。
だから、ほどよく産んだほうがいいですよ。
同じように、適正寿命というのがあったら、
そこまで平均寿命を下げるべきだと思いますね。
まさに、無理な延命はしないという形でね。
2008-01-21 | 健康法 | コメント : 3 | tb : 0
長生きは、ほんとうに幸せか
五木 ベストセラーになった、
『病気にならない人は知っている』を読むと、
要するに、水道水の塩素は、
口から入るものよりは、
皮膚から吸収されるものの度合いが大きいから、
シャワーも危ないといっていますね。
そういわれたら、風呂にはいって、ああ、いい気持ち
だなと思っても、どんどん水道水の塩素が、体のなか
にはいってきているのかと思えてきて、リラックス
できない(笑)。
2008-01-20 | 健康法 | コメント : 2 | tb : 0
長寿の職業の人は他力本願?
五木 クラシックの指揮者は、長寿が多いと
言われていますが、体を使うからでしょうか。
指揮棒を振って、それで音楽のなかに埋没して
いるわけだから。カラヤンは八十一歳でしたね。
帯津 ええ、そういうこともあるでしょうね。
ただ、やっぱり芸術家の人は、自分の命の
おもむくままに、エネルギーを爆発させて生きて
いるから、長生きするんですよ。
2008-01-19 | 健康法 | コメント : 6 | tb : 0
(続々)人間の寿命は、何歳がちょうどいいか
五木 最初に、人間にとって平均的な、
ちょうどいい寿命はいくつですかなんて、
馬鹿な質問をしましたけれども、
ほんとはそんなものはないので、
一人ひとりに、
百万人いたら百万人の、
いい加減の時期があるんです。
帯津 平均というのも、
数字のマジックですからね。
2008-01-18 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
(続)人間の寿命は、何歳がちょうどいいか
五木 うーん。とりあえず、健康で長生き
ということの目指す目的は、八十歳。
八十歳までは、なんとか健康で生きるという
ことが、現代人の一つの目標になりますね。
私は七十五歳というのを、ずっと前から目標
として掲げていたから、あと一年しかない(笑)。
帯津 でも、お若いですよね。五木さんも、
ほんとうに。そばで見れば見るほど(笑)。
2008-01-17 | 健康法 | コメント : 2 | tb : 0
人間の寿命は、何歳がちょうどいいか
五木 ところで、人間の、ちょうどいい寿命って、
何歳ぐらいでしょうか。
帯津 私は、見ていて、だいたい八十歳かなと
思っています。
五木 八十歳? そんなに短くていいんですか。
最近の健康本だと、人間は百二十歳まで元気に生き
られるとうたっていて、ゾッとしましたけど。
帯津 八十歳ぐらいですと、かくしゃくとした人が
いますし。
2008-01-16 | 健康法 | コメント : 5 | tb : 0
健康法の大家は、みな長命か(つづき)
五木 その創始者の岡田虎次郎さんは、
たしか四十八歳で亡くなったように思いますが。
帯津 ええ、四十七、八歳でしたね。
五木 急死されたんですよね、たしか……。
帯津 たしか、なにか腎臓の病気だったと思いますが
……。
五木 それで、岡田式静座呼吸法の熱烈なファンが、
いっせいに、潮が引くように、サーッと引いたという
説がある。そのあと野口整体の……。
2008-01-15 | 健康法 | コメント : 7 | tb : 0
健康法の大家は、みな長命か
五木 さっきお話しましたが、このあいだブータンに
行ってきたのですが、ブータンはヒマラヤ山脈のはじ
にある国ですから、いちばんの心配は高山病でした。
帯津 大丈夫だったんですか。
五木 ええ。行く前に、呼吸法とか、いろんなことを
研究して、準備していったんです。行く前に富士山に
登っておくと体か慣れる。
一、二度、予備に登山しておくだけで、
ずいぶんちがうという説がありましてね。
まあ、それはやりませんでしたけれど、
2008-01-14 | 健康法 | コメント : 2 | tb : 0
耳垢伝説
耳垢のそうじをするのが好きな人がいる。
手持ちぶさたのとき、なんとなく気が
晴れないときなどに耳そうじをすると
気分がよくなってくる。
なかには、他人の耳そうじをするのが
好きな人もいる。
おばあさんが孫に膝まくらをさせて、
耳そうじをしたりしているのを見ると、
ほほえましく感じることもある。
2008-01-13 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
長寿法
長生きをしたいと願っている人は多い。
もちろんそうでない人も居られるが、
一般にはいろいろと「長寿法」について
考えたり、実行したりしておられること
だろう。
いつだったか、郡山女子大学の森一教授
による、奈良時代から現代までの人間に
ついて、
職業別平均寿命の調査結果が発表されて
いるのを見たことがある。
2008-01-12 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
古稀
七十歳を古稀と言う。
杜甫の詩「人生七十古来稀」から
取られた言葉である。
ところが最近は「古稀」の祝いを
する人が少なくなったと言う。
平均寿命がこれほどに伸びてしまうと、
七十歳を「稀」とは言い難いという
ところであろう。
まあそんなに堅いことを言わずに、
お祝いは何でもたくさんすればいいと
思うのだが。
2008-01-11 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
厄払い
年をとってくると、
厄介なことが増えてくる。
それほど大したことでなくても厄介に感じるし、
少し厄介なことに出くわすと、
この年になって……という気持ちになって、
余計に厄介に感じるものである。
2008-01-10 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
100−7=?
八十五歳の御老人が、
カンカンになって怒っている。
と東京大学へ行くと
「どう見たって医者じゃあない」
と思える若い男が出てきて、
「今日は何月何日だとか、
100から7引けだとか、
たてつづけにいばった口ききやがって、
あっしゃ腹が立ったから、
はなからずーっと黙っててやったら、
どうでぇ、先生、
2008-01-09 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
ブラブラ
老後を楽しく生きるためには、
何か趣味をもつべきである。
あるいは、老人になっても
やりがいのあることをひとつは
もっておくべきであると言われる。
確かにそのとおりである。すかし、
「……すべきである」というのは、
言われてみると、そのとおりなのだが、
それはしばしば硬直化して、
人を脅かす種になっているようである。
2008-01-08 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
混 沌
年をとってくることは、
実のところあまりうれしいことではない。
目は見えにくくなる、
耳も聞こえにくい。
ともかく、かつては普通に出来ていたことが、
だんだんと出来なくなってくるのである。
そんなときに「老賢者」などという表現をきくと、
何やらうれしくなってきて、
ものごとは出来なくなっても、せめて、
その「賢者」とやらになってみたいとか、
自分もそろそろ「賢者」の域に達しつつあるのだから、
大切にして欲しいとか思えてくるのである。
2008-01-07 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
心はどこに
わが国にも末期患者のためのホスピスが、
少しずつではあるができてきている。
これまでにも紹介したことがあるが、
大阪淀川キリスト教病院副院長の柏木哲夫先生は、
そのようなホスピスを早くから創設して、
その仕事を継続してきておられる方である。
柏木先生とお話し合いをしたときに、
次のようなことを聞かせていただいた。
2008-01-06 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 1
雑巾
高齢の女性で、だんだんと宗教に
関心をもつようになられた方があった。
それまでは宗教のことなど考えず、
経済的に恵まれた人だったので、
家事などあまりする必要がなく、
社会的にいろいろと活躍してこられた
人であった。
2008-01-05 | 深層心理、精神分析 | コメント : 3 | tb : 0
白髪の発見
鏡に映る自分の姿を見ていて、
ふと白髪があるのに気づく。
とうとう白髪がはえるようになったか
と感じる「白髪の発見」のとき、
どんな感慨をもつか、
人によってさまざまであるだろう。
ときには、「おい、白髪があるぞ!」
などと言って、他人の白髪の発見に
楽しみを見いだしている人もある。
2008-01-04 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
怒りに気づくこと
怒りという感情は厄介なものです。
めらめらと燃えあがる炎のように、
自制心を焼き尽くして、
あとになって必ず後悔するようなことを
言わせたり、させたりします。
人が腹を立てていると、
その人は地獄にいるのだとはっきりわかります。
地獄は怒りと憎しみからできています。
2008-01-03 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
感情の変容(つづき)
第四の段階は、その感情を解き放つことです。
もうあなたのこころは静まって
ゆったりとしているので、
恐れのさなかにあっても、
それに圧倒され、
押し潰されることはありません。
自分で恐れをうまく扱うことができるとわかったら、
すでにその恐れは最小限までちぢまって、やわらぎ、
不快さもなくなっています。
さあ、いまです。その恐れに微笑んで、
放してやってみてください。
2008-01-02 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
感情の変容
感情を扱う第一歩は、
それが生じたらすぐに気づくことです。
気づくこころが主人公です。
たとえば恐れが起こったとすると、
まず気づきを出動させて、
こころのなかの恐れを観察させ、
ありのままに、
それを恐れの感情だと確認させます。
そうすれば、その恐れは自分のなかから
跳びだしてきたもので、気づきのこころと同じ、
自分のこころの組成物だと気づくはずです。
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