ドライヴィング・メディテーション(運転瞑想)
私は四十年前にヴェトナムではじめて
自転車に乗った修行僧でした。
当時は、自転車に乗るなど仏門にいるものが
することではない、と思われていました。
いまでは僧侶といえど、
単車にも乗るし自動車にも乗ります。
わたしたちの瞑想も時代にあったもので、
現実の世界に対応したものでなければならない
と思います。
2007-11-30 | 瞑想法 | コメント : 4 | tb : 0
テレフォン・メディテーション(電話瞑想)
電話はとても便利ですが、
ときには電話の犠牲になることもあります。
うるさい呼びだしのベルや、
ひっきりなしにかかってくる電話には
閉口してしまいます。
ついつい長電話をして、
貴重な時間とお金をむだにすることも
あります。
くだらないことをながながと話してしまい、
あとで料金の請求書を見てその額に
ぞっとすることもあるでしょう。
2007-11-29 | 瞑想法 | コメント : 5 | tb : 0
ウォーキング・メディテーション(歩く瞑想)(つづき)
戸外でウォーキング・メディテーションを行うときには、
いつものペースよりゆっくりめに歩きます。
そして、その歩みに呼吸を合わせてゆきます。
たとえば、息を吸いながら三歩、
息を吐きながら三歩歩きます。
「吸って、吸って、吸って。
吐いて、吐いて、吐いて」
とくちずさむのです。
こころのなかで「吸って」とつぶやいてみると、
吸う息と歩みが一体となります。
2007-11-28 | 瞑想法 | コメント : 5 | tb : 0
ウォーキング・メディテーション(歩く瞑想)
ウォーキング・メディテーションは
とても楽しい瞑想法です。
ひとりでゆっくりと、
あるいは友だちと歩くのです。
できたらどこか美しい場所がいいでしょう。
ウォーキング・メディテーションは、
歩くこと自体をこころから楽しむことです。
どこかに到着するために歩くのではなく、
ただ歩くために歩くのです。
2007-11-27 | 瞑想法 | コメント : 3 | tb : 0
皿を洗う
食事のあとの皿洗いがいやだと思うのは、
皿洗いをする前までではないでしょうか。
いったん流しの前に立って、
袖をたくしあげて、
温かい水に手を浸して洗い始めたら、
とても楽しい仕事です。
私は一枚一枚時間をかけて皿を洗うのが好きです。
皿や水、そして皿を洗う手の動きにすっかり
気づいているからです。
2007-11-26 | 瞑想法 | コメント : 5 | tb : 0
聖餐式
キリストの聖餐式は
気づきを喚起する儀式です。
イエス・キリストはパンをちぎって
弟子たちに分け与えたとき、
こう言われました。
「これを食べなさい。これは私の肉です」。
このときイエスは、弟子たちが、
ひときれのパンを気づきをもって食べたならば、
真のいのちに気づくということを
知っておられたのです。
2007-11-25 | 瞑想法 | コメント : 4 | tb : 0
サプリメントは、ほんとうに有効か(つづき)
五木 いろんなものがありますね。ロイヤルゼリーも
そうだし、ウコンとか。
帯津 いやー、ありますね。
五木 ああいうものは、どの程度、効き目があるんで
しょうか。
帯津 人によりますね。やっぱり、科学的根拠というか、
エビデンスは乏しいんです。
五木 そうでしょうね。
2007-11-24 | 健康法 | コメント : 3 | tb : 0
サプリメントは、ほんとうに有効か
五木 サプリメントというのは、最近コンビニにまで
ずらっと並んで、みんながとても気軽に買っていますし、
OLで、二十万円の収入のうち、なんと七万円くらいを、
サプリメントに使っている人もいるという話も聞いて
います。やっぱり、食物だけではだめですかね。
帯津 いや、そんなことはないと思うんです。
私はもともと、サプリメントはいらないという主義です。
ただ、ビタミンやミネラルを、サプリメントで補う
ということを推奨している方は、従来の野菜などのもって
いる成分が、最近低下している、それを補うと主張して
いますね。
2007-11-23 | 健康法 | コメント : 2 | tb : 0
病院に行けば病気は治るのか(つづき)
五木 ずっと入院していると、早く出てくれといわれる
ことがありますね。ふつうの治療の場合は、三ヶ月が
限度らしいですけど。
帯津 ありますね。
五木 手術が終わって、延々といられちゃ困るみたいに。
それくらい、みんなウエイティング、空きベットの順番を
待っているわけですから。日本は病人の国でもあるわけで
すね。
長寿国家でもあるけれども。本当に美しい国というのは、
もっと病院が閑散としているようなところではないか、
と思うんですが(笑)。
2007-11-22 | 健康法 | コメント : 6 | tb : 0
病院に行けば病気は治るのか
五木 お医者さんである帯津さんを前に、
こんなことをいうのもはばかられるのですが、
私は、できるだけ病院に近づきたくない。
たとえ病気になったとしても、動物が自分で傷をなめたり、
患部をかばったりして自然に治っていくように、
お医者さんの手をわずらわせずに立ち直りたい、と願って
きました。もっとも昨今では、犬や猫のほうが、すぐ病院
にかかるみたいですけれども(笑)。
帯津 そうですね。ちょっと便がゆるいくらいでも、
獣医のところに連れて行くそうですから。
2007-11-21 | 健康法 | コメント : 6 | tb : 0
ガンの五年生存率の統計に、意味はあるのか
五木 私は、医学にかぎらず、
統計はすべてフィクションであると思っています。
数字の選び方に、
すでに工夫がなされているからです。
ですから、統計は面白いゲーム程度に考えたほうが
いいと、そんな風に考えているんですが。
帯津 私も、かねがねいっているんです。
統計はあまり信用するなと。でも患者さんで、
すぐに統計に頼る人がいますね。
「私の病気は胃ガンの第何期で、五年生存率は
どれくらいだ」と、すぐ聞く人がいるんですよ。
2007-11-20 | 健康法 | コメント : 7 | tb : 0
ストレスが重なるとガンになるのか
五木 安保徹さんの理論によると、ガン=ストレス説が、
大きく見られていますでしょう。
帯津 ええ。
五木 でも戦争中、空襲警報が鳴って、防空壕の中で震えて
いたときは、もうストレスの塊で生きていたけれども、
みんながガンになったとはかぎらない(笑)。
だからストレスのなかにも、悪いストレスのほかに、
「さあ今日は、これ、がんばらなきゃいけない」みたいな、
前向きに生命を活性化させる、善いストレスもあるのでは
ないでしょうか。
休日性頭痛というのがあって、今日は何もしなくてもいい、
一日休んでいられると思うと、頭痛になる人がいるんです。
2007-11-19 | 健康法 | コメント : 7 | tb : 0
代替療法は、ほんとうにガンに効くのか(つづき)
五木 ある知人が、数年前に脳梗塞で倒れました。
その日、その人の身近にいた医師の方から聞いた話です。
帯津 ええ。
五木 前の晩に、みんなでワインを飲んだそうです。
ワインの飲んでいるときに、その人が、ふっと、今日は
いやにワイングラスが重く感じるなといって、両手を
添えて持たれたんですって。
その医師の方は、「そのとき、ぼくはすぐに、彼を連れて
病院に行くべきだった」と後悔していました。
2007-11-18 | 健康法 | コメント : 3 | tb : 0
代替療法は、ほんとうにガンに効くのか
五木 ガン治療の代替療法は、それこそ星の数ほどある
と思います。たとえば、飲尿療法などというものがあったん
ですが、あれはどうですか。効果はありますか。
帯津 あれも、うちの患者さんのあるパーセントの人は、
いつもやっていますね。
五木 いまでも?
帯津 いまでも。私に聞きにくるんです。
やってもいいですかと。私は、あれはタダだから、
いいじゃない、やってくださいよ、というんですけどね(笑)。
2007-11-17 | 健康法 | コメント : 3 | tb : 0
ガンに対して、なんの治療もしないことは賢明か(つづき)
帯津 これが不思議で、全部消えなくてもいいと思うんです。
なにか痕跡が残っていても。
五木 小さくなっているとかね。
帯津 ええ。それがなにもない。内視鏡を見ていたスタッフが
大声で私を呼ぶので、検査室に行ったら、「先生、なにもない
です」と。この人はいま、九十五歳くらいになりますけど、
元気ですね(笑)。
五木 いや、わからないものですね。だからガンなんて病気も、
まれな例だろうけど、なにもしないで、しっかり見ていると、
ある日突然、消えるのかもしれない。
2007-11-16 | 健康法 | コメント : 4 | tb : 0
ガンに対して、なんの治療もしないことは賢明か
五木 ガンというのは、発見されて放っておくと、
どうなるんですか。
帯津 私のところは、手術が嫌で訪れるというガンの患者
さんが多いんです。それじゃあ手術しないで、次善の策で
いきましょうと。
ただ次善の策のほうが、よっぽど大変なんです。食事に
気をつけて、運動して、サプリメントも飲んで、漢方薬も
服用してという感じでね。
手術すれば、ある期間で解放されますでしょう。
もちろん再発予防ということもありますが、
次善の策のほうが、大変なんですが、
手術なんか嫌だという人は、一生懸命やりますよ。
とくに、乳がんの方が多いですね。
2007-11-15 | 健康法 | コメント : 6 | tb : 0
不眠
眠れない、というのはつらいことである。
眠ろう眠ろうと焦るほど目がぱっちりと
してくる感じで、
考えなくてもよいことを考えてみたり、
しまいには、じっとしておれなくなって、
新聞を読んでみたり、
お茶を飲んでみたり、
それで、さあ眠ろうとすると、
同じことである。
2007-11-14 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
神用語
おじいちゃん、おばあちゃんの言うことが、
時にわからなくなる。
「ホレ、アノ、ナニをアレしてくれる。あの
ナニを……」などと言うのは、まだいい方で、
脈絡のない話の内容がつかめなくて、
どうなっているのかと思わされる。
2007-11-13 | 精神世界、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
難くせ
老齢の父親が死亡し、
子どもたちが遺産の配分について
話し合った。
子どもたちはそれぞれ立派な社会人として
安定した生活をしており、
遺産の取り合いなど起こりようもなかった。
「おばあちゃん(彼らの母親)には、余計な
気苦労をさせないように」と配慮し、
子どもたちだけで話し合ったが、もちろん、
母親には十分以上と言える配分をした。
2007-11-12 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
ちっと
児童文学は好きで割りに読んでいる。
そのなかで活躍する老人には印象的なのが多く、
これからいろいろと紹介していきたいと思っている。
今回は老人を主人公とした作品。
ペーター=ヘルトリング『ヨーンじいちゃん』
(偕成社)を取りあげる。
ヨーンじいちゃんは田舎から出てきて、
息子夫婦と孫二人の家族と同居することになる。
2007-11-11 | 精神世界、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
趣味
最近では、いわゆる老人ぼけについての
関心が強くなり、ぼけ防止などが
マスコミで論じられるようになった。
そのなかでよくあげられることのひとつに、
趣味をもとうということがある。
確かにこれはいいことである。
趣味によって心が慰められるし、
そのために身体や頭脳も使わねばならないので、
ぼけの防止になる。
2007-11-10 | 深層心理、精神分析 | コメント : 3 | tb : 0
良寛の恋
良寛さんと言えば日本人で
知らない人はいないだろう。
子どもと一心に遊び、
この世の毀誉褒貶(きよほうへん)と
まったくかかわりなく生きた、
自然の人としてのイメージは、
多くの日本人に愛されている。
ところで、この良寛が晩年に熱烈な恋を
したことは、よく知られていることと思うが、
そのことを少し述べてみよう。
2007-11-09 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
死なないと・・・
京都のタクシーの運転手さんは何かと
話しかけてくる人が多い。
私は京都でタクシーをよく利用するので、
運転手さんのおしゃべりの相手をしながら
「社会勉強」をさせていただいている。
やはり、年配の運転手さんの方がよく
話されるようである。
最近、六十歳くらいの運転手さんだろうか、
宗教談義をする方に出会った。
2007-11-08 | 精神世界、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
ハモニカ
七十歳すぎのおじいちゃんは、
最近あまり物を言わなくなった。
言葉がうまくでてこないので
聞いている方がイライラしてしまう。
その被害を一番受けているのが、
おばあちゃんで、こちらは元気で
頭もさえているのだから、
たまらないわけだ。
2007-11-07 | 精神世界、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
フレイ先生
スイスに留学中、私の分析家だった、
リリアン・フレイ先生が最近おなくなりになった。
享年九十歳。
先生のごめい福を祈る気持ちをこめて、
先生の思い出を書かせていただく。
分析家になるためには、
まず自分が分析を受けねばならない。
2007-11-06 | 精神世界、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
同じこと
子どもの詩を次に引用する。
子どもの詩は大人の見逃している
真実をズバリと言っているので、
私は大好きである。
(灰谷健次郎編『お星さんが一つでた
とうちゃんがかえってくるで』=理論社=より、
中谷実君の「おとな」という詩である)
2007-11-05 | 深層心理、精神分析 | コメント : 2 | tb : 0
子どものころのクッキー
私が四歳のころ、
母親がよく市場からクッキーを
おみやげに買ってきてくれました。
私はそのクッキーをもらって庭へ行き、
時間をかけてゆっくりと食べました。
ときにはひとつのクッキーを食べるのに、
三十分から四十五分もかかったことが
ありました。
2007-11-04 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
気づきのベル(マインドフルベル)
私たちの僧院では鐘の音聞いて、
いま、ここに戻る練習をします。
鐘の音を聞いたらすぐに話を止め、
考えごとをやめ、自分自身に戻って、
微笑みながら息の観察をします。
何をしていてもちょっと仕事をやめて、
呼吸を味わいます。
ときには次のような詩をくちずさむ
こともあります。
2007-11-03 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
坐って行なう瞑想
もっとも安定した瞑想の方法は、座蒲を敷いて、
脚を組み合わせて坐る方法です。
自分に合った厚さの座蒲を選んでください。
半蓮華坐(半跏趺坐)か蓮華坐(結跏趺坐)が、
心身の安定をつくりだすのにもっともよい坐法です。
蓮華坐で坐るには、両足をそれぞれ反対がわの腿の
うえにおいて、両脚を交差して組みます。
半蓮華坐の場合は、
片方の足を反対がわの腿のうえにのせます。
2007-11-02 | 瞑想法 | コメント : 2 | tb : 0
どこででも坐る
こころを鎮めて自分に戻りたいと思うときでも、
大いそぎで家に帰って、
瞑想用の坐蒲団に坐ったり、
瞑想センターへ行って意識的呼吸法を
練習する必要はありません。
どこにいても呼吸の練習はできます。
会社の机でも、自動車のなかでも、
人出の多いショッピングセンターでも、
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