あなたが音の一部になっているとき
わたしたちは
耳を傾けることが ほとんどありません
犬が吠える声に
子どもが泣く声に
通りすがりのひとが笑う声に……
わたしたちは
あらゆるものから 自分を切り離し
その孤立したところから
ものごとを見たり 聞いたりしています
2007-06-30 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 5 | tb : 0
すべてに注意をはらえば
幸せや快楽は
それなりの支払いをすれば
どんな場所でも買うことができます
しかし
至福を買いもとめることはできません
自分自身のためにも
ほかの誰かのためにも……
2007-06-29 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 8 | tb : 0
時間の不平等(1)
お金や生まれ育ちは不平等だが
「時間だけは誰にも平等」とふつうは思う。
だがこれは少し怪しい。
時間は一定ではないし平等に与えられている
ものでもないような気がする。
まずは時間の伸縮について。
人を待たせるとき、
時間の流れはえらく早い。
2007-06-28 | 癒し・ヒーリング | コメント : 8 | tb : 0
待つことの大切さ
万事スピードの世の中では早いこと、
積極的なことが「よし」とされる。
だが人生では「じっと待つ」ことの効用も
無視できない。ひたすら「待ち続ける」ことのみが、
最良の方法という場合もあるのだ。
ただし〈待ち方〉がある。明治期の篤農家として
名高い石川理紀之助という人が「待つことの意味」
について次のような言葉を残している。
2007-06-27 | 癒し・ヒーリング | コメント : 7 | tb : 0
条件をつけるな
2007-06-26 | 癒し・ヒーリング | コメント : 9 | tb : 0
雑事の達人(1)
「大事をなさんと欲すれば、小なることを
怠らず努むべし。小つもりて大となればなり」
(二宮尊徳)
雑用がテキパキとこなせる人間は仕事ができる
人間だと私は信じている。
雑用にはマニュアルがない。
雑用はいつ何時、どんな状態でしなければ
ならないかわからない。応用問題なのである。
2007-06-25 | 癒し・ヒーリング | コメント : 7 | tb : 0
平凡な結論
時間にルーズな人は
実は時間にルーズなのではなく、
自分のペースを知らないことが多い。
自分では一生懸命に急いでいるのだが、
急げば急ぐほどへまをする。
ますます遅れる。
これは自分のペースをつかんでいないからだ。
ペースはどうやってつかむか。
2007-06-24 | 癒し・ヒーリング | コメント : 2 | tb : 0
時間は早め早めがいい
「畜生!自分は生涯を通じて、
いつも五分間遅れっぱなしだった」
といった西洋の劇作家がいるが、
人生はほんのちょっとしたことで
狂ったり成功したりするものだ。
私は約束の時間より少し早めに行くことを、
常に心がけている。
そこで待つ間にひと仕事できるからだ。
2007-06-23 | 癒し・ヒーリング | コメント : 2 | tb : 0
目標は刻んで実現
十七歳になるロシアの少年が進路で悩んでいた。
工業デザイナー志望なのだが、
学費の捻出その他いろいろな障害があって
上の学校に行けそうもないのだ。
絶望的な気持ちで女性カウンセラーに
相談すると次のような答えが返ってきた。
2007-06-22 | 癒し・ヒーリング | コメント : 4 | tb : 0
時間管理の方法
「時間を空費するな。常に有益なことを行い、
すべて無用なことはなすな」(フランクリン)
よく手帳にその日のスケジュールをびっしり
書き込んでいる人がいるが良し悪しである。
どうしても書いた通りにやろうとして、
スケジュールの柔軟な変更ができなくなる。
2007-06-21 | 癒し・ヒーリング | コメント : 6 | tb : 0
多くを語れ
この世の中を劇場と見立てれば
セリフの少ない俳優は目立たない。
「沈黙は金なり」はいまや昔語り。
できるだけしゃべって自己の存在を
アピールするほうがいいようだ。
「有言実行大いによろしい」といったのは
明治時代の大実業家・渋沢栄一。
「男は黙って……」の時代に、
自分の進路のことでトコトン父親と
話し合った渋沢栄一ならではの言葉。
2007-06-20 | 癒し・ヒーリング | コメント : 2 | tb : 0
誰もが悟れるのか
ところでこうした悟りは、
誰もが達成できるものなのだろうか。
それについては古来いろんな意見がある。
当初は人間すべてが悟れるわけではなく、
だいたい三種類の人間がいるという考え方が
一般的だった。
それは「三乗」というのだが、
「声聞乗」「縁覚乗」そして「菩薩乗」。
つまり悟れるのは三つ目だけで「声聞乗」「縁覚乗」は
そこまで行けず、初めから乗り物が別だという考え方が
優勢だった。
2007-06-19 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 2 | tb : 0
自己とその日常以外に奉るべき何者もない
「いかなるか是れ祖師西来意」という質問もある。
つまり達磨さんがわざわざ西のほうからやってきて
禅を広めたのはどういうことか、というのだが、
犬の仏性問題で登場していただいたあの趙州和尚は、
この質問に「庭前の柏樹子」と答えている。
おそらくは問答している場所から、日本では
「コノテガシワ」と呼ばれる柏樹が見えたのだろう。
それにしてもこれはどういう意味か。
2007-06-18 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 2 | tb : 0
いかなるか是れ仏
歴史的人物としてのゴータマ・ブッダであれ、
真理の象徴としての釈尊であれ、
それは拝んで有難がる存在なのではなく、
我々がいずれ追いつき、
並んで歩むことになる仲間に過ぎないと、
禅は主張したいのだ。
キリスト教など、ほかの宗教からすれば、
おそらくこれは考えられない事態だろう。
2007-06-17 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 0 | tb : 0
「自燈明 法燈明」
唐代の高僧馬祖道一禅師にあるとき弟子の法常が
「いかなるか、是れ仏」と問いかけると、
「即心即仏」と答え、
それによって法常は悟ったとされているが、
また別な機会にある僧が馬祖に同じ質問をすると、
「非心非仏」と答えたという。
2007-06-16 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 0 | tb : 0
仏に逢っては仏を殺す
「自然の分身」という言葉が短縮されて
「自分」という言葉ができるのだが、
ここでは分身というより大自然そのものに
なった自己を感じる。
道元禅師は同じことを和歌でうたう。
峰の色谷の響きもみなながら
わが釈迦牟尼の声と姿と
2007-06-15 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 4 | tb : 0
渓流の音も釈尊の説法
探し求めるべき自己を牛に喩え、
本来の自己に出会うまでの修業の階梯を絵と文章で
示した郭庵の『十牛図』という本がある。
野生に戻ったような牛を見つけ、
苦労して捕まえ、
飼い慣らし、
とうとう牛の背中に乗って笛など吹きながら
家まで戻ってくるのだが、
しばらくすると「人牛倶忘」(第八)という状態になる。
2007-06-14 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 10 | tb : 0
言葉は「指月の指」
ところで「お悟り」状態は現実には長続きしないと
申しあげたが、それは我々の生活する現実は常に
なんらかの「場」であり、そこには常になんらかの
価値判断が求められているからだ。
私の師匠が「現実では悟りなんかありえない」
とおっしゃるのはそのことだ。
座禅中は「無位」でいられても、ひとたび座から
立ち上がれば我々は常になんらかの「位」や「役」
を生きているのである。
2007-06-13 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 2 | tb : 0
現実では悟りなんかありえない
曇った感覚に話を戻すが、
たとえば眼だって全てを見てはいない。
全てを見れるのは「うすらぼんやり」だけであり、
どこかに焦点を絞るということは大部分を
見ないことにすることだ。
記憶することはそれをさらに狭めることになる。
同じ場面にいた人でも、片や洋服の色柄を記憶し、
別な人は相手の表情ばかり記憶している、
というようなことが起こる。
2007-06-12 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める | コメント : 6 | tb : 0
あらゆる体験から自由になること
瞑想とは
なんという とほうもないものでしょう
もしわずかでも 思考を瞑想にしたがわせ
瞑想の型にはめようと努力するなら
わずらわしい重荷になってしまいます
静寂をえようと望むなら
その静寂は 輝きを失ってしまいます
2007-06-11 | 癒し・ヒーリング | コメント : 7 | tb : 0
そよ風のようなもの
あなたが
瞑想をしようとこころみるなら
それは瞑想ではなくなってしまうでしょう
あなたが善良であろうとするなら
善はけっして花ひらくことはないでしょう
あなたが謙虚さを身につけようとするなら
それはなくなってしまうでしょう
2007-06-10 | 癒し・ヒーリング | コメント : 4 | tb : 0
あなたは それを一日中できます
瞑想は
日常生活とはべつの何かではありません
部屋の隅にいって
10分間 瞑想をし
そこからでてきて肉屋にもどる
というようなものではありません
2007-06-09 | 癒し・ヒーリング | コメント : 2 | tb : 0
日常の生活のなかにある
瞑想的な心がうまれる土壌は
日常の生活のなかにあります
そこには
争いがあり
苦痛があり
つかのまの喜びがあります
瞑想は そこではじめられなくてはなりません
2007-06-08 | 癒し・ヒーリング | コメント : 5 | tb : 0
無垢から無垢へ
瞑想とは
愛がはたらくことです
それは
ひとりの人にたいする愛ではなく
たくさんの人にたいする愛でもありません
それは
だれもが どんな瓶からでも のむことのできる
水のようなものです
2007-06-07 | 癒し・ヒーリング | コメント : 5 | tb : 0
あるがままに ものを見る
より広い より深い超越的な体験を
たえず追いもとめていくのは
“あるがまま”の実際の現実から
逃避していく ひとつの姿にすぎません
“あるがまま”の現実とは
私たち自身のことです
2007-06-06 | 癒し・ヒーリング | コメント : 8 | tb : 0
たえまなく気づく
瞑想は きびしい作業です
それには
もっとも高度な規律がもとめられます
ただし それは
順応することでも
模倣することでも
服従することでもありません
2007-06-05 | 癒し・ヒーリング | コメント : 8 | tb : 0
頭が完全に静まっているか
瞑想がおこっているかどうかは
頭が完全に静まっているかどうかでわかります
そのとき 頭はいっさいの活動をやめ
どんな体験もうまなくなります
しかしそれは
力づくでひきおこせるものではありません
力づくで頭を静めようとする その瞬間に
あなたは 二つに分裂してしまうからです
2007-06-04 | 癒し・ヒーリング | コメント : 2 | tb : 0
もっとも偉大な芸術
瞑想は
生のなかで もっとも偉大な芸術のひとつです
おそらく最高に偉大なものでしょう
それは ほかの誰かから学べるものではありません
それが 瞑想の美しさです
瞑想には どんな技法もありません
それゆえ 瞑想には権威者などいないのです
2007-06-03 | 癒し・ヒーリング | コメント : 2 | tb : 0
愛が炸裂すること
瞑想のなかにある心(マインド)は静かです
それは 思考でとらえられる静けさではありません
おだやかな夕ぐれどきの静寂ともちがいます
それは思考が
その表象 言葉 知覚のすべてとともに
すっかりやんでしまうときにおとずれる静けさです
2007-06-02 | 癒し・ヒーリング | コメント : 3 | tb : 0
限界意識の真実(1)
受験勉強でも人に尽くすことでも、
何か目標へ向かって努力しているとき
「もうこれで限界だな」と思うときがある。
そういうとき、
その人間の能力の限界に達していることは
希なのだという。
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