碌々(ろくろく)ブログ

先哲の教え、言葉などを通して  心身の健康、真の幸福  そして人生成功の秘訣を  共に探求していきましょう

他人は自分の鏡

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(18)


人が自分に非協力的だ、
と嘆く人は少なくない。
とくに身内に足を引っ張られる、
と思うことがよくある。

妻子や仲間、友人たちが、
肝心なときに妨げになるーーと。


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2007-03-31 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 0  |  tb : 0

人とうまくやる決め手

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(17)


アメリカ建国の父といわれるフランクリンは
思慮深い温厚な人柄で知られるが、
若いときはけっこう傲慢で生意気だったらしい。

そのことをある人から指摘された彼は、
自分の態度を次のように大転換した。

「私は他人の意見に真っ正面から反対したり、
自分の意見を何がなんでも押し通そうという態度を
一切慎むことにした。


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2007-03-30 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 0  |  tb : 0

他人の利益

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(16)


経営者は座右の銘が好きだが
「他人の利益を図らなければ自己の繁栄はない」
と言い続けてきた人が、ファスナー王と呼ばれた
吉田忠雄さんである。

吉田さんには有名な話がある。
戦後まもなく日本のファスナー業界は
群雄割拠していた。

吉田さんはアメリカで高性能機械ができたことを
知った。


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2007-03-29 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 4  |  tb : 0

マルクス・アウレリウスの名言

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(15)


ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスの
以下の言葉は現代人に語ってもけっして色あせない
名言である。

何かするとき、
いやいやながらするな。
利己的な気持ちからするな。
無思慮にするな。
心に逆らってするな。
君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。
よけいな言葉や行いを慎め。


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2007-03-28 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 4  |  tb : 0

大胆に模倣せよ

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(14)


アンソニー・ロビンスは「成功したければ
成功した人の模倣をせよ」という。

「まね」と聞いただけで「ウヘッ」と
顔をしかめる人がいるかも知れない。

だがリクルートスーツを着るのも、
一流企業へ入りたがるのも、
格言を読むのも、

要するに先人たちのまねをしようとしている
ことではないか。


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2007-03-27 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 6  |  tb : 0

「心にないこと」などない

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(13)


お世辞で「心にないこと」を
いう場合がある。

子供の写真を見せられて、
「かわいいお嬢ちゃんですね」
内心ではそう思っていない。

こういうことがあるから、
お世辞を嫌う人がいる。

だが、この見解はちょっと浅はか
ではないか。理由は三つある。


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2007-03-26 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 7  |  tb : 0

成功のキーワード

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(12)


二十五年の長きにわたり「人間の成功」について
研究したナポレオン・ヒルがたどりついた結論は
極めてシンプルなものだった。

彼はこういっている。
「成功を手にするために必要なものはたった一つ、
それは健全なものの考え方である」


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2007-03-25 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 0  |  tb : 0

子を知る親に若かず

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(11)


「私という人間を一番理解しているのは、
母親だと私は信じている。母親が一番私を
愛しているからだ。

愛しているから私の性格を分析してみることが
無用なのだ。私の行動がたどれないことを
少しも悲しまない。


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2007-03-24 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 2  |  tb : 0

感覚を超えた世界

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(10)


六不収(りっぷしゅう)は、中国の雲門和尚に、
ある僧が「法身とはどんなものか」と訊ねたとき
の答えである。

ここで「法身」の「法」はダルマ・真理のことなのだが、
つまり真理を体現した体とはどんなものかと訊かれ、

雲門和尚は「六識には収まりきれないもんじゃ」と
答えたというのである。


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2007-03-23 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 2  |  tb : 0

第六感

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(9)


タマの話で恐縮だが、
タマは寝ているときでも人が
その前に立つとすぐに眼を開けた。

べつにこれは、その人の体温や風の動きを
タマの皮膚が感じるとか、あるいは鼻が匂いを
感じるだけではなかったような気がする。

というのは、スヤスヤ寝ていたくせに、
悪戯心で手を振り上げたりするとすぐに
眼を開くからである。


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2007-03-22 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 2  |  tb : 0

鼻毛を一本抜いた痛さ

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(8)


仏教では「眼、耳、鼻、舌、身、意」の順番で
社会性が強いと認識している。

つまり眼で見る姿、耳で聞く音、鼻で嗅ぐ香り
の順番で一般化しやすいということだ。

鼻で嗅ぐ香りの個人差よりも耳で聞く音のほうが
まだ大勢に共通しているし、眼で見るものは最も
個人差がでにくく世間に通用しやすい。


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2007-03-21 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 3  |  tb : 0

妄想が我々の心を悩ます

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(7)


よく「ありのまま」なんて言葉を聞くけれど、
転換前の我々の心は全く勝手なもので、
興味がなければ姿さえ目にとまらないこともある。

逆に興味津々だとその部分だけ明瞭に
見えたり感じたりする。

モンシロチョウの雄と雌は人間には同じように
見えるが、お互いどうしではまったく違った色に
見えると聞いたことがある。


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2007-03-20 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 3  |  tb : 0

大死一番絶後に再び蘇る

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(6)


だから一貫して心をバカにするというより、
さまざまな記憶の残像によって汚れた心を
バカにしつつ、

仏性などと呼ばれる清らかな心に辿り着こう
とするのである。つまり質的に転換を遂げた
身心は、禅だって重視するということだ。


西田幾多郎は全集第八巻の「行為的直観の立場」
において、「自己がなくなることで同時にそこから
自己が生まれることである」とそのことを表現するが、


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2007-03-19 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 4  |  tb : 0

「身心脱落」「脱落身心」

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(5)


江戸時代の盤珪禅師は庶民への布教に尽瘁(じんすい)
した方だが、よくおっしゃったのは「嫁・姑」の
不仲のことだ。嫁がなにをした。姑がなにをした。

今なにかをしたから憎いんじゃなくて、
これまでの記憶が憎いんじゃろ。

あんたがあんたのなかの記憶を憎んでいるだけ
じゃないか、と繰り返しおっしゃったのである。


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2007-03-18 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 2  |  tb : 0

心に心を許さない

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(4)


普通に「心」という場合、やはり喜怒哀楽
という感情を指すことが多い。

これらを私は一次感情と呼ぶが、
じつは人間にはもっと複雑な感情がある。

つまり意識的・無意識的とを問わず、
人間は感情の残り香を記憶として
蓄積していく動物だから、

もっと複雑に練り上げられた感情を
もつこともできるのである。
たとえば憎しみ、たとえば怨み。


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2007-03-17 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 0  |  tb : 1

セーレン・キルケゴールの寓話

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (12)


そして、なにをやろうとも、
それは勇気から来ている。

もし彼が「イエス」と言うとしたら、
彼は勇気から、存在への愛から、

「私はこの全体の一部であり、
かけ離れてはいない」
という深い理解からそう言っている。


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2007-03-16 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 2  |  tb : 0

無神論はつねに臆病だ

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (11)


ひとつの物語に耳を傾けてほしいーー。

ある日のこと、ひとりの無神論者が絶望の縁を
歩いていて足を滑らせ、縁から落ちた。

落ちながらも、彼は岩の割れ目から生えていた
小さな枝になんとかつかまった。

そこにぶら下がり、冷たい風に吹かれて揺れながら、
彼は自分の立場がどうしようなく絶望的だということが
わかった。

下を見てもごつごつした岩ばかりで、
上には登りようがなかった。
枝につかまった手からは力が抜けかけてきた。


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2007-03-15 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 4  |  tb : 0

信じることとはなんだろう?

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (10)


では、信じることとはなんだろう?
信じることは愛の副産物だ。

愛し方を知っている者にしか、
どうやって信じればよいのかはわからない。
愛はハートから湧き起こる。信仰もそうだ。

疑いは頭のなかで生じる。恐怖もそうだ。
頭のなかで生きる人物は臆病者でありつづける。
実際には、臆病だからこそ頭のなかに住んでいる。

ハートに向かって動くのを恐れている。
ハートが自分をどこに連れて行くのかは
誰にもわからないからだ。


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2007-03-14 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 8  |  tb : 0

疑いは恐怖から生じる

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (9)

 
初めのうちは、信頼はひとつのフィーリングだ。
その最後の開花においては、実存だ。

いわゆる信仰は頭のなかにとどまる。
それはけっしてあなたのフィーリングにはならない。
そしてあなたの実存にはなれない。

が、なにかがあなたの「実存」にならないかぎり、
それは観念的な夢にすぎない。
それはエネルギーの浪費だ。


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2007-03-13 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 5  |  tb : 0

信じるハートがあなたにあれば

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (8)


ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』のなかに、
このすばらしい一節がでてくるーー。

女王はアリスに、
信じられない世界のなかに立っているアリスに言った。

「あえて言わせてもらいましょう。
あなた、あまり慣れていないようね。
なぜって私、ときには朝ごはんの前ですら、
ありえないことを六つは信じたものよ!」


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2007-03-12 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 7  |  tb : 0

これは不思議な物語だ

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (7)


今日、私たちが入って行こうとしている物語は、
もっとも偉大な物語のひとつだ。

それには、スーフィーの物語にしかありえない、
あの独特な香りがある。

それと比較できるものはほかにない。
もし、この物語を理解できたら、
あなたは宗教の秘密そのものを理解したことになる。

もし理解できなかったら
あなたは宗教をまるで理解できないだろう。


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2007-03-11 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 4  |  tb : 0

生そのものが教師になる

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (6)


「あなたの生涯はどのようなものだったのですか?」
と彼らはたずねた。

「私は河に飛び込み
漁師になり
それから、葦で葺いた小屋を真夜中に抜け出した。
その後、私は作男になった。


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2007-03-10 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 2  |  tb : 0

それを生きることでしか あなたはそれを知ることにはならない

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (5)


ほどなく彼は光明の疑いようのない兆しを見せ始めた。
彼は病人を癒し
ひまなときには店の仲間に仕え
神秘についての彼の知識はますます深まっていった。


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2007-03-09 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 11  |  tb : 0

あなたは信頼の道を学ぶためにここにいる

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (4)


モスルで彼は革商人として知られるようになったが
商いに精を出した三年の間
ヒドゥルには一度も会わなかった。



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2007-03-08 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 4  |  tb : 0

私は内なる意識の流れについて話している

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (3)


モジュッドはすぐに小屋を立ち去り
漁師の服を着たままさ迷い歩いて行くうちに
本道に出た。





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2007-03-07 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 6  |  tb : 1

信仰はハートから育つ

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (2)


約束の日に、モジュッドはヒドゥルに会った。
すると、ヒドゥルが彼に言った。

「着ているものを脱ぎ、流れに身を投じるがいい。
おそらく誰かがお前を助けてくれるだろう」


モジュッドは、自分でも狂っているのではないかと
いぶかりながらも、その通りにした。


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2007-03-06 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 6  |  tb : 0

不可能なことを信じることで その不可能なことが可能になる

和尚OSHO講話 「MOJUDモジュッド」説明できない生を生きた人 
和尚エンタープライズジャパンより (1)


「今日、私たちが入って行こうとしている物語は、
もっとも偉大な物語のひとつだ

それには、スーフィーの物語にしかありえない、
あの独特な香りがある

それと比較できるものはほかにない」


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2007-03-05 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 5  |  tb : 0

一切はただ心が造るもの

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(3)


一切唯心造 新訳「華厳経」
(一切はただ心が造るもの)


前節で「体」と「心」と「意識」というふうに
分けて申しあげたが、最も悩ましいのが「心」
だと云えるだろう。

「心」と「意識」の区別は難しいかもしれないが、
どうしようもないのが「心」で、どうにかできるのが
「意識」と考えることは可能だろう。

そして「心」にアプローチするための手がかりが
「意識」なのである。


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2007-03-04 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 5  |  tb : 0

アクビ指南

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(2)


たとえば普通は、疲れたからアクビが出たと考える。
そして早く寝ようなどと思うわけだが、
禅的には少し違った考えかたをする。

アクビによって脳内の酸素が著しく補われ、
リラックスして心身ともに気持ちよくなったり
するわけだから、

アクビを意識的にしてみたらどうか、
なんて思ちゃうのである。


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2007-03-03 | 悟り 解脱 道 覚醒 真理に目覚める |  コメント : 3  |  tb : 0

決めつけてはいけない

玄侑宗久著「禅的生活」ちくま新書より(1)


無可無不可「論語」
(可もなし不可もなし)


日本語で「可もなし不可もなし」といえば、
たいていは特に優れているわけではないけれど
特別ひどいわけでもない、

もっと簡単に言うと「まあまあである」、
というような意味で使われる。

しかしこれが禅で使われる場合はまったく違う
意味なので注意してほしい。


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2007-03-02 | 仏教 無我 禅 公案 臨済 道元 |  コメント : 9  |  tb : 0

センスとは何か

川北義則著「こころが軽くなる「ひと言」処方箋」宙出版より(10)


理由はよくわからないが「センスがない」
といわれると、ひどく傷つけられた気持ち
になりはしないか。

そのことで自分より劣ると思われる人間から
いわれてもいやな気がする。

どうやらセンスとは感性や才能の根幹に
触れるもののように思える。ではいったい
センスとは何なのだろうか。


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2007-03-01 | 癒し・ヒーリング |  コメント : 4  |  tb : 0

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