まずは「原因」を改善すること
私たちは、自分が望んでいるものではなく、
自分と同種のものを引き寄せます。
口先だけのきれいごとやたんなる夢物語の類は、
成長をことごとく阻まれますが、
もっとも内奥にある真の思いや願望は、
たとえそれが清らかなものであろうと、
けがれたものであろうと、
それ自身の食べ物をもち、
それによって着々と育まれます。
2006-10-31 | 自己啓発 | コメント : 7 | tb : 0
人間は自分の思いの主人です
外の世界である環境は、
心という内側の世界に合わせて
形づくられます。
そして、好ましい環境と
好ましくない環境の双方が、究極的には、
そこに住む人間の利益に貢献します。
人間は、自分自身の果実の収穫人として、
苦悩と喜びの双方から学ぶことができるからです。
2006-10-30 | 自己啓発 | コメント : 5 | tb : 0
環境は思いから生まれ出る
私たちは、進歩し、進化する生き物であり、
どんなときにも自分が学び、
成長を遂げるために最適な場所にいます。
そして、もし私たちが、
その環境で必要な学習を積んだならば、
その環境は間もなく、次の新しい環境に
取って代わられることになります。
2006-10-29 | 自己啓発 | コメント : 2 | tb : 0
人生に偶然はまったく存在しない
人間の心は庭のようなものです。
それは知的に耕されることもあれば、
野放しにされることもありますが、
そこからは、
どちらの場合にも必ず何かが
生えてきます。
もしあなたが自分の庭に、
美しい草の種を蒔かなかったなら、
そこにはやがて雑草の種が無数に舞い落ち、
雑草のみが生い茂ることになります。
2006-10-28 | 自己啓発 | コメント : 8 | tb : 0
扉はそれを叩く者に開かれる
私たちは、自分の人生に深く思いをめぐらし、
それを創り上げている法則を
みずからの手で発見したときから、
自分自身の賢い主人となり、
自分自身を知的に管理しながら、
豊かな実りへと続く思いを次々と
めぐらすようになります。
そのときから私たちは、
自分自身の意識的な主人となります。
2006-10-27 | 自己啓発 | コメント : 8 | tb : 0
人間は自分の運命の設計者である
私たちの誰もが内心では
手にしたいと考えている、
気高い神のような人格は、
神からの贈り物でもなければ、
偶然の産物でもありません。
それは、くり返しめぐらされつづけた、
気高く、正しい思いの、自然な結果です。
そして、卑しい獣のような人格は、
卑しく、誤った思いの、
やはり自然な結果です。
2006-10-26 | 自己啓発 | コメント : 6 | tb : 0
行いは思いの花
私たちの人生は、
ある確かな法則にしたがって創られています。
私たちがどんな策略をもちいようと、
その法則を変えることはできません。
「人は誰も、内側で考えている通りの人間である」
という金言は、私たちの人格のみならず、
人生全般にあてはまる言葉です。
私たちは、文字どおり、
自分が考えているとおりの
人生を生きているのです。
2006-10-25 | 自己啓発 | コメント : 6 | tb : 0
魅力ある人間の本質
次に良寛の「戒語」のいくつかをあげてみよう。
「ことばの多き」「口のはやき」
「とわずがたり」
「さしで口」「手がら話」
「人の物いひきらぬ中に物いふ」
「能(よ)く心得ぬことを人に教ふる」
「物いひのきはどき」「ことごとしく物いふ」
「その事をはたさぬうちに此事をいふ」
「人のはなしのじゃまする」
「親切らしく物いふ」
「学者くさき話」「風雅くさき話」
「さとりくさき話」「茶人くさき話」
「すべて言葉をしみじみといふべし」
2006-10-24 | 深層心理、精神分析 | コメント : 7 | tb : 0
ひとりあそびぞわれはまされる
前章で、心のあるべき姿は
秘密を保持できることであるとのべたが、
われわれが人格の魅力という言葉で理解するものも、
そのことと関係があるように思われる。
というのは魅力ある人格の秘密は、
結局その人格に秘密があるか否かに
かかっているように見えるからである。
実際、秘密の存在ほど人を魅了する
ものはないのではなかろうか。
2006-10-23 | 深層心理、精神分析 | コメント : 9 | tb : 0
秘せずは花なるべからず
そこで問題は、
どうやってこのようなゆとりを
身につけるかということになる。
すなわちゆとりが大変望ましい状態で、
心の理想的なあり方を示していることは
明らかだが、
どうやったらこの状態を達成できるかは
必ずしも明らかではないのである。
2006-10-22 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
「ゆとり」があるとは?
ゆとりがあると云えば、
たしかにだれしもわっかったような
気がするであろう。
しかしなぜゆとりがあることが
心に秘密のある状態に相当するかということは、
必ずしも説明が容易ではない。
そこでこの点についてもうしばらく
考えてみよう。
2006-10-21 | 深層心理、精神分析 | コメント : 5 | tb : 0
秘密を持って落ち着いている
このように、
秘密がもてないことに関連づけて
心の病の種々相を理解することができるが、
そこでこれらの病に悩む人たちを助けるためには、
まずその点から自覚させる必要があることになろう。
すなわち彼らの病の秘密を、
助ける側で探し当てるというよりも、
彼ら自身がまず自らの状態を不審に思うよう、
促さねばならぬ。
2006-10-20 | 深層心理、精神分析 | コメント : 6 | tb : 0
秘密は人間精神にとって不可欠
ニーチェが哲学者として
近代のヨーロッパに真の秘密が
欠如していることを嗅ぎ取ったとすれば、
フロイドは医者として、
心の病に悩む者は自らの秘密を見失っている
と診断したということができる。
・・・・・・
フロイドの理論によれば、
意識されて然るべきものが
意識されないために心の病が起きる
のであるから、
それは自分の心の中に本来あるものが
見えなくなっているということであり、
云いかえれば自分の秘密を見失った状態
ということになるのである。
2006-10-19 | 深層心理、精神分析 | コメント : 3 | tb : 0
静かな湖は深い
この頃ほとんど廃れてしまったが、
従来日本人が贈答の際に見せた心遣い
について言及しておこう。
日本人は他人に贈り物をする際、
それをまず綺麗な紙で包み、
更にその上を風呂敷で包んで持参するのを常とした。
もっとも、贈り物を包むことだけなら
必ずしも日本人だけとは限るまいが、
これを実際に相手に渡す時に口にする挨拶は
かなり日本人に独特であったと思われる。
2006-10-18 | 深層心理、精神分析 | コメント : 10 | tb : 0
秘すれば花なり
このような秘密を嫌う現代の傾向に対し、
古来の教えはすべて心は本来秘密であり、
秘密に保たねばならないと説くことにおいて
共通していたように思われる。
例えば、論語に「巧言令色、鮮(すくな)いかな仁」
とあるが、これは口先の巧みさや愛想に心を用いる時は
真心に欠けることが多いことを説いたものである。
2006-10-17 | 深層心理、精神分析 | コメント : 7 | tb : 0
秘密を嫌う現代人
ところでこのような秘密という語に
伴う語感は比較的近年のもので、
昔からのものではないことに注意せねばならぬ。
なぜなら元来この語は仏教用語として作られたもので、
奥深く容易には人に示し得ない教義を
意味したということだからである。
なおこれと意味が近い神秘という語も、
今では何か胡散臭いという連想を伴い易いが、
これまた元来は人知でははかり知れないものの
ことを意味していたのである。
2006-10-16 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
心と秘密
ここで再びふり出しに戻り、
オモテとウラの問題を少し違った
角度から取り上げてみよう。
まず人間にオモテとウラがあり、
ウラはオモテの陰に隠れているということは、
心は本来見えないもので、
秘密があるというのと等しい。
もっともそう云ってみても特にどうということは
ないと思われるかもしれないが、
ここで強調したいのは次の点である。
2006-10-15 | 深層心理、精神分析 | コメント : 4 | tb : 0
蓄財の奥義
兼好は、財を持つことは良いことではないと
言い続けているが、そうかと思うと、
大金持ちの金銭感覚を紹介して、
そこにある真理も認めている。
ーー銭あれども用ゐざらんは、全く貧者と同じ〈第二一七段〉
ー金銭を持っていても使わないのなら、
まったく貧乏人と同じだ
2006-10-14 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 3 | tb : 0
人の臨終のありさまに対しては
兼好は、死後、残された人々の心の動きに触れながら、
人生の無常についても語っている。
三〇段、
(人の死んだあとくらいかなしいものはない。
四九日の間は、気ぜわしくて堕ちつかないが、
時間のたつのは早い。
最後の日には、情味がなくて、
話すこともなく勝手に荷物を整理し、
ちりちりに別れて行ってしまう)
2006-10-13 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 4 | tb : 0
贈り物の達人
気くばりというと贈り物がその一つである。
他人に何かを差上げるというのは非常に難しい。
ひとつ間違うととんでもないことになる。
兼好は、良き友として
「物くるる人」をあげているが、
贈り物の達人として、
つぎのような話が出てくる。
二一六段。
2006-10-12 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 10 | tb : 0
勝つと思うな、思えば負けよ
乗馬、木登りに続いて、双六の名人の話もある。
ーー勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり
ー勝とうと思って打ってはいけない。
負けまいと思って打つべきだ 〈一一〇段〉
双六の名人が言うには、
どの手が早く負けてしまうか考えて、
その手を使わずに、
たとえ一目でも、遅く負けるだろうと思われる
手にしたがうのが良いということだ。
2006-10-11 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 5 | tb : 0
木登り名人の言葉
プロは常に自然体である。
相手によって強さが変わる。
相手が弱いとそれに応じて弱くなる。
これは、プロが、相手をみくびるからではなく、
強さの本質というものがそうなのだ。
弱い相手と接戦したのを見て、
それよりずっと強いアマが「あれなら勝てそうだ」
と自信たっぷりにかかっていくと、
コロリと負ける。
相手が強ければ、
プロも強くなる。
2006-10-10 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 5 | tb : 0
プロとアマの違いは何か?
乗馬の達人に関して、
兼好は一八六段でも触れている。
これは、また別の達人の言葉を紹介したものである。
「馬はすべて手強い。
人間の力では張り合えない。
乗る馬をよく見て、
性質の強い点と弱い点を知り、
次に馬具をよく調べて、
気にかかるところがあったら
馬に乗って走らせてはならない。
この注意を忘れない人を、
真の馬乗りという」
2006-10-09 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 7 | tb : 0
つねに慎重であれ
兼好は争いごとのつまらなさを
『徒然草』の随所で説いているのだが、
ーー巧みにしてほしきさまなるは、失の本なり
ー達者ぶっていても、
自分勝手なのは失敗のもとである 〈第一八七段〉
これまた、人間関係の極意である。
2006-10-08 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 4 | tb : 0
人はなぜ道を学ぶのか?
兼好は、さまざまな例をあげ、
いろいろな角度から人間関係のあり方を
説いたあげく、結論としてこう言う。
ーー物に争はず、己をまげて人に従ひ、
我が身を後にして、人を先にするには及(し)かず
ー人間は、物ごとについて他人と争わず、
自分をおさえて他人の気持ちに従い、
自分をあとまわしにして
他人を先にやるのに越したことはない〈一三〇段〉
2006-10-07 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 4 | tb : 0
良き友とは?
あと「虚言する人」「欲深き人」が
友とするに悪い人に挙げられているが、
友人とするのに「わろき人」が、虚言する人、
欲深き人というのは誰が聞いてもあたりまえの話で、
兼好は話のついでにこの二つのタイプをわざとあげている。
ここでは、虚言する人、欲深き人は、つけ足しだ。
兼好が説こうとするのは、その前の五例である。
誰が見ても悪い奴をわざと二つ後ろにつけ、
その前の五例を浮きあがらせようとする。
2006-10-06 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 9 | tb : 0
裏の裏のそのまた裏
若き人。
兼好にとって、
若さとはバカという意味だ。
若いということは、
兼好にとって、
まったく価値になっていない。
兼好自身、老成の趣味があり、
歌道をたしなむ者として、若さから来る
無知と横暴の害を嫌っていた。
実力者は、
いつの時代も若者を
バカにしているものである。
2006-10-05 | 徒然草(つれづれぐさ) 兼好法師 秘密の心理術 | コメント : 6 | tb : 0
シェークスピアの『リア王』を読み解く(つづき)
これを要するにコーディリアは、姉二人が
その場にふさわしく建前を云ったのに対し、
自分は偽りのない本音だけを云おうとした
ということになる。
しかしそのため彼女は、この機会に彼女を祝福し、
更に彼女に求婚していた二人の候補者の中、
最もふさわしい方に白羽の矢を立てようとしていた
父の意に背く結果となった。
2006-10-04 | 深層心理、精神分析 | コメント : 7 | tb : 0
シェークスピアの『リア王』を読み解く
建前と本音の区別がわからぬまま
大きくなった者の場合は、
ちょっとした挫折でも精神的に
参ってしまうので、
まことに扱いにくいと云わねばならぬ。
実はわれわれ精神科医のお世話する
病人の中にはこの種の人々が
数多く含まれているのである。
2006-10-03 | 深層心理、精神分析 | コメント : 9 | tb : 0
漱石の『坊ちゃん』を精神分析する(つづき)
「坊ちゃん」は自分の性格について次のように
のべている。
「ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて一週間から
一ヶ月位の間は自分の評判がいいだろうか、
悪いだろうか非常に気に掛かるそうであるが、
おれは一向そんな感じはなかった。
教場で折々しくじるとその時だけはいやな心持だが
三十分ばかり立つと綺麗に消えてしまう。
おれは何事によらず長く心配しようと思っても
心配ができない男だ。
2006-10-02 | 深層心理、精神分析 | コメント : 10 | tb : 0
漱石の『坊ちゃん』を精神分析する
漱石の『坊ちゃん』の主人公「坊ちゃん」は
幼少時腕白で、親に可愛がられないばかりか、
母との死別が大変外傷的な体験となった。
というのは母が病気でなくなる二、三日前、
台所で乱暴な遊びをして怪我をした際、
母に「お前のようなものの顔は見たくない」
と叱られ、
親類に泊まりに行っている間に
母が死んだからである。
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