2017年06月15日 (木) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(13)



To meditate

is to be innocent of time.

瞑想するということは

時間にたいして

無垢になることです

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2010年04月12日 (月) | Edit |
吉野弘さんの詩には今までにも「祝婚歌」や「夕焼け」
などで出会ったことがあったのに、今回はまるで初めて
お会いしたかのような衝撃がありました。

これはやはり是枝裕和監督の作品「空気人形」という映像
を通しての出会いであったことが大変大きかったのだなぁ~
と思います。

「生命は」の詩が語られるのは、死を前にした孤独な老人と、
使い捨ての性処理人形との出会いによってもたらせられたの
でした。

最初はなんとはなしに老人がかげろうの話をするのです。

老人「君、かげろうって虫、知っているかな・・・」
「かげろうはね、親になると一日か二日で死んでしまう。
だから体の中はからっぽで、胃袋も腸もないそうだ。そこに
は卵だけが詰まっている。ただ産んで死ぬだけの生き物だ。
くだらんよ」

ってね。
しかしこのかげろうの話も吉野弘さんの「I was born」
という詩の中から紡ぎだされたセリフだったんですね。
知らなかった。

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2009年12月01日 (火) | Edit |
エックハルト・トール(著) 吉田利子(訳) 『ニュー・アース』
サンマーク出版より


(前回のあらすじ)

エックハルト・トールさんはカウンセラーとして、
ある末期がんの患者のもとへ通っていたことがあります。
その女性は四十代の教員で、医師から余命数か月と宣告
されていました。

ある日訪ねてみると、ダイヤの指輪がなくなったという。
とても思い出深い品だった。彼女はそれをホームヘルパー
の女性が盗んだに相違ないと考えた。

エックハルト・トールは、指輪であれなんであれ、いま
(余命数か月)のあなたにとってどれほど重要なのかを考え
てみてはどうかと助言した。

彼女は怒りに震えながら言い返した。「あれは祖母からも
らったとても大切な指輪でした。騒ぎ立てるのも当然じゃ
ないですか?」

トールは、「あなたは近いうちに指輪を手放さなくてはな
らないことに気づいていますか? それを手放す用意がで
きるまで、あとどれほどの時間が必要でしょう? 手放し
たら、あなたが小さくなりますか?それがなくなったら、
あなたは損なわれますか?」と尋ねます。

彼女は「私は損なわれるだろうか?」と自問します。
するとふいに「わたしは在る」と感じることができたと答
えます。私はまったく損なわれていないはず。穏やかだけ
れど、とても生き生きとした自分を感じられます、と。

「それが『大いなる存在』の喜びですよ」と
エックハルト・トールは言った。


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2009年08月22日 (土) | Edit |
「兄さん。今晩は。何か急のご用ですか。」
「いいや、僕は今度遠い所へ行くからね、その前一寸(ちょっと)お前に遭(あ)いに来たよ。」
「兄さん。行っちゃいけませんよ。蜂雀(はちすずめ)もあんな遠くにいるんですし、僕ひとりぼっちになってしまうじゃありませんか。」
「それはね。どうも仕方ないのだ。もう今日は何も云わないで呉(く)れ。そしてお前もね、どうしてもとらなければならない時のほかはいたずらにお魚を取ったりしないようにして呉れ。ね、さよなら。」
「兄さん。どうしたんです。まあもう一寸お待ちなさい。」
「いや、いつまで居てもおんなじだ。はちすずめへ、あとでよろしく云ってやって呉れ。さよなら。もうあわないよ。さよなら。」


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2009年08月18日 (火) | Edit |
よだかの星は宮沢賢治の作品の中でも
とりわけろくろくが好きな童話です。
時々こうして読みかえします。


よだかの星
宮沢賢治

 よだかは、実にみにくい鳥です。
 顔は、ところどころ、味噌(みそ)をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
 足は、まるでよぼよぼで、一間(いっけん)とも歩けません。
 ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合(ぐあい)でした。
 たとえば、ひばりも、あまり美しい鳥ではありませんが、よだかよりは、ずっと上だと思っていましたので、夕方など、よだかにあうと、さもさもいやそうに、しんねりと目をつぶりながら、首をそっ方(ぽ)へ向けるのでした。もっとちいさなおしゃべりの鳥などは、いつでもよだかのまっこうから悪口をしました。
「ヘン。又(また)出て来たね。まあ、あのざまをごらん。ほんとうに、鳥の仲間のつらよごしだよ。」
「ね、まあ、あのくちのおおきいことさ。きっと、かえるの親類か何かなんだよ。」

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2009年03月22日 (日) | Edit |
ありのままであることを受け入れれば、
それは自らを完成させ、消えていく。


ろくろくブログの「今日の言葉」でいま流れている言葉です。

これは、エリエール・カーン&シーヤ・カーン共著
『今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意 』
の中の言葉です。

今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意今ここに生きる力―「瞬間的に人生を変容できる」生き方の極意
(2002/04/01)
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何かに腹を立てたり、イライラしたりしているのは、
ありのままであることを受け入れていないからなんですね。


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2006年02月18日 (土) | Edit |
山崎龍明著「親鸞に人の生き方を学ぶ」中経出版より


親鸞の説いた、
浄土真宗の根本的な教えといえば
悪人正機」でしょう。

「悪人こそ、阿弥陀如来の本願による
救いの対象である」ということです。

このとき、常に引きあいに
だされるのは、「歎異抄」の第三章です。



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テーマ:仏教学
ジャンル:学問・文化・芸術
2006年02月16日 (木) | Edit |
山崎龍明著「親鸞に人の生き方を学ぶ」中経出版より

(ろくろく)自己をゼロにして
自己自身の内面を凝視したとき
見えてきたものは
極重(きわめつき)の悪人である
おのれでした。

極重(きわめつき)の悪人である
自己が救われるには 
おのれの努力「自力」だけではとても無理だよ、
ということなのでした。


自力というは、
我が身をたのみ、
我が心をたのみ、
我が力をはげみ、
我がさまざまな善根をたのむ人なり。
(「一念多念文意」)


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2006年02月15日 (水) | Edit |
山崎龍明著「親鸞に人の生き方を学ぶ」中経出版より

親鸞は人間をどうみたのでしょうか。
自己をいかなるものとしてみたのでしょうか。

親鸞の人間へのまなざしは、
じつにきびしいものがあります。

ことごとく悪・罪・煩悩
といったものと結びついています。
たとえば、親鸞の人間規定をみると、



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2006年02月07日 (火) | Edit |
十四世ダライ・ラマ著「ダライ・ラマ[死の謎]を説く」より(3)

特別な修行も積まず、
深く仏の教えに帰依しているわけでもない、
ごくごく普通の人間にとって、
死の恐怖を軽減する方法はあるのか。


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