患者の支えとなるにはどうするか
Q 看護婦の仕事に就いて六年になります。
ずいぶん末期の患者さんの看護にも当たりました。
死語の問題について、
患者さんが精神的な拠りどころを求めて
苦しんでおられる場合に、
なにか支えてあげる方法はないのでしょうか。
A たびたび書きましたように、死をすべての終わりと
見なすかどうかによって、生と死に臨む態度はまったく
異なってきます。
2007-09-25 | 人生哲学 | コメント : 0 | tb : 0
キリスト教における死後の生命
Q クリスチャンの伯母が最近亡くなりました。
数年前に亡くなった叔父との天国での再会を
楽しみにしていたそうです。
キリスト教では、死後のことを
どう教えているのでしょうか。
A キリスト教では、永遠の生命はこの世から
もうすでに始まっているとされています。
2007-09-24 | 人生哲学 | コメント : 0 | tb : 0
死後の生命を否定する説(つづき)
ブレーズ・パスカルは信仰を前提としないで、
人間の不滅性と死後の生命についての思索を展開しました。
パスカルはまず、死後の生命を信じるか否かの決断を、
一つの賭けと見なすことができると述べています。
もし人が死後の生命の存在を信じていたのに、
実はそれが存在しなかったとしても、
別に何も損をしたことにはなりません。
2007-09-23 | 人生哲学 | コメント : 0 | tb : 0
死後の生命を否定する説
Q どうしても素直に死後の生命の存在を
信じる気持ちになりません。
死後の生命を否定する意見や、
それに対する反論もお聞かせください。
A たしかにカール・マルクスやフロイトなど
宗教に批判的な眼を向ける人びとは、
死後の生命の存在を否定しました。
2007-09-22 | 人生哲学 | コメント : 6 | tb : 0
死後の生命の存在は説明できるか(つづき)
ウィリアム・ジェームスの説によれば、
私たちは自分の中に90パーセントもの可能性を
眠らせたままでいるのです。
その一方で、人間には成しとげるべき課題が
際限なくあります。
そこで人間には、本質的に生死を超えて、
限りなく自己実現を続けなければならない
義務があると考えられます。
2007-09-21 | 人生哲学 | コメント : 3 | tb : 0
死後の生命の存在は説明できるか
Q この頃「人間は死んだらどうなるのか」
という疑問が頭から離れません。
いったい死後の生命の存在を説明する方法
はあるのでしょうか。
A 「人間は死んだらどうなるのか」という疑問は、
霊的ニーズ(spiritual needs)の代表的なものと
言えます。
2007-09-20 | 人生哲学 | コメント : 8 | tb : 0
死後の希望の歴史的流れ
Q 昔から多くの人が、
死後にも永続する生命の存在を信じて、
来世に希望を抱いたと言いますが、
そうした歴史の流れをお教えください。
来世信仰は人間性そのものに深く根ざす
A 死後の生命の可能性については、人類史上、
耐えることなく信じられてきました。
2007-09-19 | 人生哲学 | コメント : 8 | tb : 1
死と信仰について(つづき)
あれは小学生のときでした。
学校の帰り道、突然飛来した敵の飛行機から
機銃掃射を受けました。
物陰に隠れる暇もなく地面に倒れ伏した瞬間、
一発の弾丸は私の右耳を掠め、もう一発が、
心臓からほんの数センチメートルの左脇の土に
めり込むのを感じました。
2007-09-18 | 人生哲学 | コメント : 6 | tb : 1
死と信仰について
Q デーケン先生は「死の哲学」を研究して
おられると伺いました。
その動機というか、死と信仰についての
お考えをお聞かせください。
A まず、私を「死の哲学」の研究に導く
直接の動機になったのは、見知らぬ末期患者の
臨終を看とったときの経験です。
2007-09-17 | 人生哲学 | コメント : 3 | tb : 0
残された生をいかに生きるか
Q 五年前に妻を亡くし、
子供たちも独立して独りぽっちの生活です。
これからの人生をどう考えて
生きるべきなのでしょうか。
A 年をとるにつれて、
何よりも耐えがたい苦しみは
孤独だと多くの人が言っています。
孤独の最大の苦痛は、
文字通り独りきりでいることよりも、
むしろ人びとの中にいながらコミュニケート
できないことではないでしょうか。






