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2013年10月22日 (火) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (7)

魯の孔子が周を訪問したとき、老子をたずねて、
主として礼について質問した。
初対面のとき、老子は孔子に、

「私は『よい商人は品物を奥に深くしまいこんで、
店先はからっぽにしている。君子は立派な徳を
身につけながら、容貌は馬鹿のようである』
ということを聞いている。

あなたも、高慢さと欲深さと体裁ぶりとすけべい心
を捨てたらどうだ。どれも君にとって
役に立たないことばかりだ」

と言った。

老子の読み方―“無為自然”―強かに生きる哲学 (ノン・ブック 207 知的サラリーマン・シリーズ 16)老子の読み方―“無為自然”―強かに生きる哲学 (ノン・ブック 207 知的サラリーマン・シリーズ 16)
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2013年09月22日 (日) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (6)

『老子』の哲学の根幹をなす考え方は、
言うまでもなく「道」である。

後世、老荘思想を奉ずる思想を、
道教と呼ぶのもここからきている。

だが、これを言葉で説明するとなると、少しむずかしい。
しかし、基本的な概念を押さえておかないと、
『老子』はわかりづらいものとなる。

これを一言で言うと、

世の中には、そもそも自然の流れがあって、
それに逆らうことなく、その流れに従順に
生きるのが一番よいという考え方である。


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2013年08月22日 (木) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (5)


老子は「僕(ぼく)」(山から切り出された原木)を
ひじょうに大切なものとする。

たとえば、「大は小を兼ねぬといえども、
しゃもじは耳かきの用をなさず」という
日本の古いことわざがあるが、

これは、しゃもじと耳かきとは同じ木で出来ていても、
使用の目的がまるで違うの謂(い)いである。

つまり老子も、このことわざと同じ立場で
僕(ぼく)を重視する。
原木は何にでもなる可能性を持っている。

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2013年07月22日 (月) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (4)


・・・・・・
親があまり見せたがらない書物の『荘子』を
盗み読みしているうちに、博士は中間子理論の
重大なヒントを得たという話がある。

『論語』や『孟子』にくらべると、
『老子』や『荘子』は、ガラッと違った発想によっている。

そこに、いろいろのアイデアを生む要素が
秘められているのであろう。


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2013年06月22日 (土) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (3)


PTAの母親が校長室を訪れると、
校長は用務員室へ行っているという。

そこで用務員室へ行くと、
校長は一杯機嫌で「よーっ、いらしゃい。
お酌をお願いできませんかね」と言う。

おかあさん連中も面食らったが、
よその学校にくらべて、校長先生がこんなに
親しみやすくのんびりしているようなら、

学校は安心だというので、
かえって評判がよくなった。

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2013年05月22日 (水) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (2)

そもそも、あの生き馬の目を抜くような乱世の春秋時代に、
「何もしないで、のんべんだらりと時を過ごすこと」を
老子が説いたとすれば、

おそらくだれ一人として見向きもしなかったであろうし、
老子自身、飯も食っていけなかったにちがいない。

「無為自然」とは、一口で言うと
「何もしないことをやる」ということである。


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2013年04月19日 (金) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (1)


現代の日本は
農業社会や工業社会から、
ほぼ完全に脱皮し、

「商人の時代」へ突入したという
観察が不可欠だ、と私は考えている。

そして、この「商人の時代」というのは、
基本において「知恵競べ」を
前提としたものである。

つまり、今の社会はこれまでの時代とは違い、
過去の実績や権威とか格式といったものに
胡坐(あぐら)をかいていたのでは、

どんどん競争においていかれるという
厳しい時代なのである。

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2006年04月27日 (木) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (7)

魯の孔子が周を訪問したとき、老子をたずねて、
主として礼について質問した。
初対面のとき、老子は孔子に、

「私は『よい商人は品物を奥に深くしまいこんで、
店先はからっぽにしている。君子は立派な徳を
身につけながら、容貌は馬鹿のようである』
ということを聞いている。

あなたも、高慢さと欲深さと体裁ぶりとすけべい心
を捨てたらどうだ。どれも君にとって
役に立たないことばかりだ」

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ジャンル:学問・文化・芸術
2006年04月26日 (水) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (6)

『老子』の哲学の根幹をなす考え方は、
言うまでもなく「道」である。

後世、老荘思想を奉ずる思想を、
道教と呼ぶのもここからきている。

だが、これを言葉で説明するとなると、少しむずかしい。
しかし、基本的な概念を押さえておかないと、
『老子』はわかりづらいものとなる。

これを一言で言うと、

世の中には、そもそも自然の流れがあって、
それに逆らうことなく、その流れに従順に
生きるのが一番よいという考え方である。


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ジャンル:学問・文化・芸術
2006年04月25日 (火) | Edit |
月洞 譲著「老子の読み方」祥伝社NON-BOOKより (5)


老子は「僕(ぼく)」(山から切り出された原木)を
ひじょうに大切なものとする。

たとえば、「大は小を兼ねぬといえども、
しゃもじは耳かきの用をなさず」という
日本の古いことわざがあるが、

これは、しゃもじと耳かきとは同じ木で出来ていても、
使用の目的がまるで違うの謂(い)いである。

つまり老子も、このことわざと同じ立場で
僕(ぼく)を重視する。
原木は何にでもなる可能性を持っている。


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