2016年08月01日 (月) | Edit |
ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(4)


13 対象物から刻みこまれた印象(想い)が、
まるで海の波のように限りなく立ち現れてきます。
それらのすべてがぬぐい去られるのはいつのことでしょうか?

自己への瞑想が高く高くなるとき、
それらの想いは打ち破られるだろう。


14 いわば始まりのない時の彼方からやってくる、
対象物によって刻みこまれた印象が溶解し、
その後に人が純粋な自己としてとどまるというようなことが
ありうるのでしょうか?

ありうるかありえないかと思いはかることをやめて、
自己への瞑想を持続すべきである。

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2016年07月01日 (金) | Edit |

ラマナ・マハリシ著 山尾三省訳「ラマナ・マハリシの教え」めるくまーる社より(3)


11 「私は誰か」という想いをつねに持ちつづけるには、
どうしたらいいでしょうか?

他の想いが起こってきたときに、その思いを追いかけることをやめ
「その想いは誰に起こってきたのか」と尋ねるべきである。

どんな想いが起ころうとかまいはしない。
想いが起こるたびに「その想いは誰に起こってきたのか」
と勤勉に問いつづければよい。

その問いに対する回答は「私に」であるに決まっている。
そこで、その「私は誰か」と問えば、心は源へ引き戻され、
現れ出た想いは静かになるだろう。

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2016年06月15日 (水) | Edit |
J・クリシュナムルティ 中川吉晴訳「瞑 想」星雲社より(1)



瞑想のなかにある心(マインド)は静かです

それは 思考でとらえられる静けさではありません

おだやかな夕ぐれどきの静寂ともちがいます

それは思考が

その表象 言葉 知覚のすべてとともに

すっかりやんでしまうときにおとずれる静けさです



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2014年12月15日 (月) | Edit |
養老孟司著「無思想の発見」ちくま新書より(3)

近代的自我の進入

俺もお前も一緒くたの世界に、
ある日突然、
実存的主体としての自己が進入してきた。

これを西欧近代的自我という。
当時はなんでも欧米を見習えという時代だから、
それはそれで仕方なかった。

しかし、もともと世間にそういうものは
なかったんだから、
これがいかに厄介な問題を引き起こしたか、

たいていの人はなにか気づいているのでは
なかろうか。

無思想の発見 (ちくま新書)無思想の発見 (ちくま新書)
(2005/12)
養老 孟司

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テーマ:哲学/倫理学
ジャンル:学問・文化・芸術
2014年04月01日 (火) | Edit |
谷沢永一著「人間通」新潮選書より (6)


狐色

嫉妬心は人間の本能であり、
いつも心のなかに蟠(わだかま)り疼いている。

それを除きとり消しさる方法は絶対にない。
せめて適度に抑制する自律の心構えが関の山である。

それなら嫉妬心があまり跳梁せぬように
手綱を引きしめる手立てはあるか。

もしあるとすればただひとつ、
自分は人並みに嫉妬心が強いのだと
顧みて自覚する心働きである。

世間でいちばん厄介な持てあまし者は、


人間通 (新潮文庫)人間通 (新潮文庫)
(2002/05)
谷沢 永一

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2014年03月01日 (土) | Edit |
谷沢永一著「人間通」新潮選書より (5)

羨望

人間は自分に与えられた分け前だけで
満足することができない。

他人がもうちょっと沢山を
手にしているのを見たらいらいらする。

絶対量が満足するには足りないことを
不平に思うのではなく、
誰かと較べて自分の方が
僅かに少ないと怒るのである。

私はこれだけで十分ですと
安穏に自足する度量の持ち主は絶対にいない。

人間通 (新潮文庫)人間通 (新潮文庫)
(2002/05)
谷沢 永一

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2014年02月01日 (土) | Edit |
谷沢永一著「人間通」新潮選書より (4)


人褒め

競争の目的は勝利であり、
そのためには他の誰よりも
実力を蓄えなければならぬ。

しかし規則(ルール)のない一般社会では
明確な判定を求めえない。

能力を数値で顕証してもらえないから、
証明されていない自惚(うぬぼれ)が頭をもたげる。

自分を思いこみだけ優位におくため、
仲間のひとりひとりをさまざまに罵(ののし)り、
ひとりみずからを高みにおいて卑しい快をむさぼる。

人間通 (新潮文庫)人間通 (新潮文庫)
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谷沢 永一

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2014年01月01日 (水) | Edit |
谷沢永一著「人間通」新潮選書より (3)


凌ぎたい

人間はいつも自分と他人とを比較している。

片時も気をゆるめず、
世間のあの人と自分を見くらべている。

おっとり観察を楽しんでいるのではない。
誰かよりちょっとでも抜きんでいたいと
願っているのである。

多少とも優位に立ちたい。
できることなら少しでも他人を出し抜いて、
一歩でも二歩でも前を行きたいと望む。

人間通 (新潮文庫)人間通 (新潮文庫)
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谷沢 永一

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2012年02月19日 (日) | Edit |
トルストイ民話集(中村白葉訳)「イワンのばか」岩波文庫より

パホームは、泊めてやった旅の百姓から
肥沃な土地がひとりあたり10ディシャティーナ
貰えるという、耳寄りな話を聞いた。

さっそくパホームは、家族とともに
新しい土地に引っ越した。
五人の家族に対して50ディシャティーナの
土地がわりあてられた。

彼の土地は、今までからみると、
ひとりあたり三倍の広さになった。
しかもそれは、よく肥えた土地であった。
生活も前にくらべて、十層倍もよくなった。

トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)
(1966/01)
トルストイ

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2012年01月19日 (木) | Edit |
ひろ さちや著「まんだら人生論」より

節分の夜の豆まきのことばは、
「福は内、鬼は外」
が一般的である。

ところが、
東京の亀戸天神などでは、
「鬼は外」
だけを言って
「福は内」を言わないそうだ。


setubun

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